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zoom RSS 画家の箴言名言(8)―パブロ・ピカソ箱根彫刻の森美術館から

<<   作成日時 : 2014/03/28 20:50   >>

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箱根の彫刻の森美術館「ピカソ館」にはピカソの作品コレクションが展示されている。そこに「ピカソの言葉」がパネルになっていくつか飾られていた。もう10年以上も前のことで、今は飾ってあるのかどうかわからない。

そのピカソの言葉に感動したわけだが、メモをとるのが面倒だったのでその場で写真に撮った。ところが監視していた職員に恐い顔で注意されて撮ったのは3つだけ。私は小心者ゆえに「絵じゃないから撮ったっていいじゃないの」とは言い返せなかった。

10数年ぶりにひょんなことから出てきたその写真を見た。パネルには語られた年代などは一切記載されておらず言葉だけだった。ここにその3つを紹介し解説したい。

■ピカソ「縞のシャツを着た男」1956年作(彫刻の森美術館蔵)
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精神的な価値によって生き、且つ創造する芸術家は、人類や文明の最も本質的なものを危険にさらす戦いに無関心ではいられないし、又無関心であってはならないと常に考えて来たし、今も又そのように考えている。 (ピカソ)

この言葉は、ピカソの作品「ゲルニカ」を想起させる。
ピカソ「ゲルニカ」とボブ・ディラン

スペイン内戦の最中の1937年4月26日、スペイン北部・バスク州の小都市ゲルニカがフランコ将軍を支援するナチスによって空爆を受けた。ピカソはパリ滞在中にこのことを知って、同年のパリ万博スペイン館の壁画として「ゲルニカ」を制作、6月4日に仕上げている。

ゲルニカへのナチスの空爆は「史上初めての都市無差別空爆」と言われることもあり、当時のヨーロッパではきわめてショッキングな出来事に違いない。

民間人を攻撃する戦いは、第二次世界大戦におけるアメリカの日本本土への絨毯爆撃が最も熾烈で、アメリカは日本の家屋が木造であることを知って焼夷弾を開発した。夥しい人が焼け死ぬ。そしてついには広島・長崎への原爆投下という極めて非人間的な攻撃にまで発展してしまう。

人類歴史は互いの正義の名のもとに殺戮を繰り返してきたが、現代において来るところまで来てしまったのだ。

芸術家は世界を模倣、再現、または世界に充満する見えない意識を感じ取って形にしている。美を追求する芸術の別の側面として、ピカソは「ゲルニカ」から人類の悲痛な叫びが聞こえてくるように描いた。

■ピカソ「ゲルニカ」
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絵画は家を飾りたてるためにあるのではない。それは敵を攻撃するための、あるいは敵の攻撃から身を守る為の武器なのだ。 (ピカソ)

この言葉に、私は「風水」のようなイメージが浮かぶ。

絵画が果たす役割の中に、特に朝鮮民画など東洋の絵画においては「辟邪招福」というものがある。文字通り辟邪は悪いものを退け、招福は福を招く。そうした意味合いをこめて描いたのだ。
朝鮮民画(1)「民画とは」
絵画の価値(7)朴芳永「精神治療か魔除けか」


また。その昔おばあさんの腰巻は「赤」と決まっていた。科学的にも「赤」から出ている波長は人間の体を温めてくれる。歳を取って体が衰えていけば「赤」が元気をくれるというのは頷ける。

色彩を心理的に見るならば、「赤」は元気を、「青」は沈静を与えてくれるという効果がある。タイガーウッズの決勝ラウンド最終日のシャツは「赤」だ。

たくさんの色彩を使ってシンフォニーを奏でている芸術作品である絵画が、人間の心理に与える「力」はたしかにある。

さて上記のピカソの言葉で「敵」とはなんだろうか。もし自分を正当化するならば自分に対立する敵は、自分にとって「悪なるもの」である。また「美」は「愛」のエネルギーから生まれる。ならばそれに対立するものは「不安」「怖れ」「疑心」などネガティブなエネルギーであろう。

「絵画はネガティブで邪悪なものを攻撃し、またそうしたものから身を守る武器である」と私は解釈したい。言い換えるなら、ポジティブでありたければ自分が好きだと感じる絵を見るだけでいい。

■ピカソ「ミノトーロマシー」タピスリー/コキール・プランス作(彫刻の森美術館蔵)
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誰もが芸術を理解しようとする。しかし何故鳥の歌を理解しようとしないのか。人が自分を取りまく全てのもの、夜や花を理解しようとしないで、愛せるのはなぜだろうか。
何故絵画にかぎって理解したがるのだ。
私はきっと根本的に様式を持たない画家なのだろう。
人々が自伝を書くところを、私は絵を描く。
完成作でも、未完成作でもそれは私の日記なのだ。 (ピカソ)


「ラスコー展」洞窟壁画に見る芸術の本質


愛という情的なよろこびは理解という知的な作業をまったく必要としない。愛は無条件である。

また創作における完成の基準などない。描くという行為そのものが、そして描いているその一瞬こそが真実の瞬間なのである。

絵を描くということは、対象があろうと無かろうと溢れる情的な衝動を形にあらわそうとする行為だが、ピカソにとっては日々の(精神の)瞬間瞬間を日記のように留めたものが絵画ということだ。

過ぎ去った時は存在しない。だから人間は過去にとらわれてはいけない。絵を描くという行為は単に過去をキャンバスに留めているのではなく、愛の衝動の痕跡なのである。それは見る者の中に息づいている愛に共鳴する。ゆえに、絵画は常にいまこの瞬間をあらわしている。

上記の言葉は、「ピカソが絵を描くための霊感は、自身を取り巻く(人間を含めた)自然の中に美を発見するところからもたらされている」ことを物語っている。その美を発見し感じ取る力が愛だ。

愛にも美にも理由などありはしない。

パブロ・ピカソ「キュビズム」と作品の変遷
天才画家ピカソ「無垢へのあこがれ」

《画家の箴言・名言シリーズ》
(1)棟方志功
(2)アンリ・マティス「デッサン・精神的光」
(3)ポール・セザンヌ「修行僧のごとく」
(4)パウル・クレー「嘘の無い絵画」
(5)平野遼「本物の光」
(6)パブロ・ピカソ「虚構の中の真実」
(7)高山辰雄「いのちに触れた筆」
(9)ゴッホ「燃える魂の声に従った人生」


「ラスコー展」洞窟壁画に見る芸術の本質


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
久しぶりの更新、嬉しく拝見しました。深く広い見識…
そして絵画の様な文章…
RYOTAさんのblogこそがシンフォニーですね。
これからも楽しみにしています。
頑張って下さいね。
りんかい線
2014/03/30 21:29

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