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zoom RSS 古美術商と新画商「学びを逸した話」

<<   作成日時 : 2016/02/02 12:20   >>

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美術商は、作家や業者から作品を預かったり買い取ったりしてそれを顧客に販売する仕事です。作家から作品(新画)を預かって売るだけならば許可は不要ですが、通常、一度でも他人の手に渡った「古物」を扱う場合、警察から古物営業の許可を取得して営業します。

美術品に限らず衣類や自動車など一度売られたものは全て古物です。

美術商の中で主に書画骨董を扱うところを古美術商と呼び、主に作家から直接預かって販売する美術商を新画商とここでは言っています。ただ、新画だとしても業者を通しての仕入れ販売は古物の扱いになります。

実はこんな説明をしたいわけではありません。本論は「学びを逸した話」という次にあげる個人的な体験談です。

■ヘンリー・ビットル(ブラジル作家)「自然の友達」
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●美術品販売に関わる
私は、広告代理店勤務を経て、美術品販売に関わる仕事をし出したのは、30歳を過ぎたころです。

最初に入った会社は美術商とは言っても、どこかの画廊で修業した人間が創業した美術商ではなく、ファッションや宝飾なども扱っている会社の美術品販売部門でした。

当時はバブルの前夜で、世の中では投機としての美術品に関心が高まっていました。
ドギュメント「アートバブル’90」
絵画の価値(2)「財産性・投機性」

企業の財務担当者が、「株と同じように自社の資産運営の為に美術品を考えている」と画廊に視察に来たこともあり、こちらも浅い知識でセールスをかけたものです。

またメセナという言葉が生まれ、財テクだけでなく社会貢献としての美術館を建てるためのコレクションをする企業も増えていました。

●古美術商に居た男
私はその会社に入社しすぐに役職が与えられ部下もいました。部下の中には以前に老舗の古美術商で修業をしたことのある男Kがいました。

彼は店の主人から将来を嘱望されながらも、ある理由でそこを辞めてこの会社に入ってきたのです。

Kは私より年下でしたが古美術商としての訓練を受けており、身のこなしや語り口は洗練されていました。また古美術における知識も豊富でした。

一緒にいた会社では、日本やフランスなどの「現代作家」の作品いわゆる新画を中心に扱っていましたので、それに対してはKも勉強すべき立場でした。ただ彼が他の社員と違うのは、かつては重文クラスの古美術品の売り買いにも立ち会ってきた経験があり、美術品に対する審美眼を養ってきたという点です。

Kは自分の知識をひけらかしはしませんでした。しかし「自分は老舗の古美術商でやってきた」というプライドが体全体からにじみ出ていてそれが上司の私には鼻に付きました。

彼にすれば、この世界に入ってきたばかりの素人同然の男が上司になったので、つい頑なになったのでしょう。お互いの間に距離が生まれました。

■速水御舟「炎舞」(重要文化財・山種美術館所蔵)
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●新画商
新画を扱う画商は、取引において古美術商ほどの伝統やしきたりはなく、近年の現代アートを扱う画商は、スタイルとしては欧米から学んでいるところも多いはずです。海外のアートフェアーにも積極的に参加していますから。

もう25年も前にことですが、私はそれまでの会社からもっと専門的な画廊に転職したときに、そこで先輩に連れられて何度か「交換会」なるものに行ったことがあります。交換会とは画商たちの社交の場であり、仕入れをしたり在庫を処分したりする場所です。

そこでは古い画商と新しい画商の間では歴然とした立場の違いがあり、ここでは詳しくは語りませんが、新参者の画商が公然といじめにあっている場面も見ました。いじめは通過儀礼のようなものなのでしょう。

当時も国内にオークション会社はありましたが、まだ始まったばかりの頃でした。

バブル崩壊以降は画商のあり方もそれなりに変わってきていると思います。

例えば現代アートの村上隆が工房での共同作業で作品を制作しているように、作家としての制作スタイルはそれまでの常識から変わってきています。同様に、画商においても、現代アートの世界を中心にそのあり方は変化してきているようです。
■村上隆「五百羅漢図(部分)」
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ただし、昔も今もオークションや交換会での真贋に関しては基本的には買う側の責任です。新画の場合、贋物をつかまされるということは稀ですが、古美術においては、目が利かなければ贋物をつかまされる率は高くなります。
開運!なんでも鑑定団「中島誠之助の贋物鑑定から学ぶ」

おそらく古美術の交換会での緊張感は新画商の交換会よりはるかに高いと予想されます。

そうした厳しい世界で訓練されてきたKとは、結局2年くらい一緒に仕事をしました。

今当時のことを振り返ってみて自分はもったいないことをしたという思いがわいてきます。それは、その後古画や陶磁器などに自分の関心が深まるに連れ、「あのとき彼から学ぶことがあったのに」という後悔の念です。

現場で鍛えあげた人間の生の話は、机上で学ぶことが出来ないものがあるはずです。それを私自身のエゴやプライドゆえに逸してしまったのです。

年齢や地位があるほど謙虚に人から学ぶことが難しくなるのです。

●浮浪者
もう一つ、これは学生時代の話です。

大学3年のとき、地方に住む友人のところへ高速バスで行くために東京駅にいました。バスの待合場所はけっこう混んでいて、椅子に座ることが出来ずしゃがんでバスが来るのを待っているときのことでした。

一人の浮浪者がじっと私を見ています。歳のころは40代くらいでしょうか、薄汚れた服を着て真っ黒に日焼けしていて精悍な顔つきです。そして私と目が合うなり、ゆっくりとこちらに歩いてきて目の前にしゃがみました。

「なんだろう」と怪訝そうにしていた私に向かって手を差し出して「おい!50円くれ!」と言うのです。

その目はぶれることなくまっすぐ私を見据えています。まるで賢者に見つめられているような不思議な迫力がありました。

50円はそれほど惜しいお金ではありません。もし、この人が乞食のように哀れでみすぼらしかったらあげていたかもしれません。しかし、貰うのが当然とばかりのふてぶてしい態度で手を差し出すこの男に対する不信感からか、私は立ち上がってその場を離れてしまいました。

男は目で私を追うものの追いかけては来ません。

きっと純朴そうな?私を見て、「この男なら50円くらいくれるかもしれない」と思ったのでしょうか?

しかしその時の男の目には卑屈さややましさはなく、さらには遠慮や迷いもありません。その態度は見方を変えれば魅力的でさえありました。

バスに乗り込んでからも、その男のまっすぐな表情と迫力が思い起こされました。そして「あの時なぜ50円あげなかったのだろうか、どうして立ち上がって逃げてしまったのだろうか」と自分の気の弱さを悔いました。

今40年近く前のあの出来事を思い出すと「あの時に50円あげておけばどうだったろう」「何かのコミュニケーションが生まれただろうか」という思いがわきます。

「その50円が私という人間の人生に何か別のものをもたらしてくれたかもしれない」という漠然とした思いにとらわれるのです。

たった50円ですが、もしかして50円分のカルマを精算することで、人との出会いも変わり、全く違う人生を歩んでいたかもしれない。

そんな妄想をするのは楽しくないわけじゃない。

■田奉烈「旅情」
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