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zoom RSS 奇跡のメカニズム(1)「絵画はネガティブな精神を浄化するか」

<<   作成日時 : 2016/06/29 19:01   >>

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●科学という信仰
世の中が最も信奉しているものは「科学」です。

現代において科学こそが最大の信仰と言っても過言ではありません。

科学の発達は人類に便利な生活をもたらしました。TVやパソコンやスマホなど、これなくして生活が成り立たないという人は多いでしょう。

便利な一方、そうした科学中心の現代文明は、確実に地球と人類を蝕んできました。周知のごとく、温暖化や放射能など、経済発展の陰で地球が現在進行形で破壊されていることは確かです。また電磁波の悪影響は人々に詳しく知らされていないだけです。

現代科学にどっぷりと浸かってしまった人類は、自分たちが生み出した科学文明を真の意味で疑ってみることはしません。そして、あらゆる現象が科学に当てはまらなければ、人々は納得しません。

その発展してきた科学がなぜ人類を真の意味で幸せにできないのかと言えば、それに見合った精神のレベルが追い付いていないからと言えます。つまり霊性(精神)が物質(技術)をコントロールできていないからです。

言葉を換えれば、科学の発展に見合った「霊的な進化」がなされていないのです。

●宗教の危険
一方、科学に対峙する宗教は、神霊(心霊)に関わる精神世界の分野です。

ところが、宗教の中でユダヤ教・キリスト教・イスラム教は同じ旧約聖書を原経典にしているのですが、各々独自に発展させた教理のみを信じて、互いに和することはありません。そして自分たちの価値観から外れたものを受け入れる余地がありません。そればかりか、自分たちの価値観に反するものに対しては攻撃しようとする傾向さえあります。

利己的で独善的な信仰は、人類の長い期間、現在に至るまで戦争やテロの温床となっているという事実を見ても、極めて危険なものと言わざるを得ません。

また、聖書を信じ「アダムとイブから人類が始まり、人類こそがこの広い宇宙の唯一の知的生命体である」と信じ切っている篤実な信仰者がいます。それ自体は悪いことだと言いません。

ただ、もし地球外の知的生命体(宇宙人)が実際にいて、地球人と友好な関係を結ぼうとして目の前に現れたとしても、彼らは、その宇宙人を悪魔と怖れて攻撃するか、あるいは幻覚と思い、その存在自体を認めようとしないでしょう。

ちなみに私は宇宙人に会ったという体験は一度もありませんが、この膨大な宇宙にほかの知的生命体が存在しない方がおかしいと思っています。

《地球のような美しい環境はまれであるとしても、我々の地球がある銀河だけで2000億個の恒星(太陽)があり、さらに無数の惑星があることを考えてみてください》

篤実な信仰者の多くは、霊などの超常現象は受け入れるものの、宇宙人のようにそれが教会の教えに無いことだと頑なに殻を閉じて受け入れようとしないところがあります。

■大マゼラン星雲(地球から約20万光年)
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■バラのような銀河
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■ハッブル望遠鏡で見た宇宙
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●信念が現実を作る
人間はそれが真実だと教え込まれているいることは自分たちの信念にまでなっています。その信念があらゆる現実を作っています。量子物理学によれば人間の意識は物質的現実に影響を与え続けています。

人類が等しく抱いている信念で共同して現実を創造しているのです。

たとえば時間は過去から現在・未来へと直線的に流れていると一般的に信じられていますが、最近の研究によると過去も未来も今この一瞬に存在しているのです。ところが人々は直線的時間の流れを常識だと思い、それが潜在意識の段階まで落とし込まれています。人類の集合的無意識が直線的時間いう共通の現実を作っていると言ったらよいでしょうか。

また、人間は多段階の次元に同時に存在しています。簡単に言えば心と体は一体となっていますが心は肉体を離れることがあります。人間が予知夢をみたりすることがよい証拠に、我々の意識は3次元の時空間を超えて存在しています。さらに別の段階の意識(超意識等)があります。

●人類はいま幸せだろうか
人間というものは自身のまわりの些細なことにも希望や幸福やよろこびを見出そうとする本性があると私は思っています。「幸せ」は自分がそうだと思えば幸せになりますのでとやかく言う必要もないのですが、人類全体を見渡してみると、先進国と言われる国においても現実に押しつぶされ、まるで幸せに生きているように見えないのはなぜでしょう。

私たちは、人類が平和にならないように誰かに意識(信念)をコントロールされ、現実をコントロールされているのでしょうか。たしかに戦争は誰かに利益を供与していることを考えれば平和を望まない人たちはいるのでしょう。

仮にそうだとしても、自分たちをコントロールしているのがどんな存在なのかということを詮索することにあまり意味はありません。それよりも私たち一人一人が無知から脱して霊的に覚醒するのを決意することの方が重要だと思うのです。

●芸術の役割
前置きが長くなりましたが、ここで芸術の一つの役割を考えてみたいと思います。提示したいテーマは「芸術はネガティブな精神を浄化するか」「芸術は人類の霊的な進化を促すか」ということです。

絵画にまつわる奇跡的な現象がありますが、その原因となる可能性をさぐります。

今回は特に「美術は現代人の病める精神を浄化してあげられるか」ということを実例をあげて検証してみようと思います。
絵画の価値(4)「精神性」その2・潜在意識の浄化

その前に、日本において人々がいかに病んでいるかのデータがあります。

2013年の統計で、DVが約5万件、ストーカーが約2万件というデータがありますが、これは警察が把握している数字で、実際はこれよりはるかに多くの件数があることが予想されます。

DVやストーカーは人間のネガティブな精神状態にその原因があると言えます。

●潜在意識に働きかける絵画
「絵がしゃべった」声を聴いたという体験をされた方がこれまで何人かいます。次に紹介するのはもう20年くらい前に私が関係した首都圏のある展示会でのことです。

■権玉淵「少女」 ※ここで紹介した話の作品ではありません
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展示会場に来場したある中年女性が、権玉淵という韓国の巨匠作家の「少女」の油絵に魅せられてしばらく見ていました。十分に絵を鑑賞した後、次の絵を見ようと歩きかけたときに「行かないで」と呼び止められたというのです。
権玉淵(クォン・オギョン)
権玉淵「望郷の図」老人の涙

立ち止まってもう一度その絵に目を向けると、今度は「私を連れてって」と言われました。

値段は500万円超。この方が動かせるお金は300万円まで。とても惹かれた絵でしたのでどうしようかと真剣に考えました。そして、自分が持っている小磯良平の絵を売ってこの絵を手に入れることを決意しました。

家に帰り箱に閉まってあった小磯良平の絵(これも「少女」)を出した時に、今度はその絵が「売らないで」というのです。なんということでしょう。この方は最終的に母親に足らない分を用立てていただき権玉淵画伯の「少女」を購入しました。

普段幻聴があるような人でもなく、頭がおかしい人でもありません。また特別な信仰や修業をしている人でもありません。


この人以外にも「絵に『おかあさん』と呼び止められた」「絵が『買って』と心に語りかけて来た」という人もいますし、声を聴かないまでも絵の前で動けなくなりしばらく絵の前から離れられなくなったなどという体験をした人はけっこういます。

●絵の声の主
科学は人間の「潜在意識」や「超意識」といったものを発見しました。

ここで「絵がしゃべった」ということの原因を紐解いてみれば、一つにはそれは「潜在意識の中の自分自身の声を聴いた」と考えられます。

ここで物語を作ってみます。

潜在意識にはもう忘れ去ったことが仕舞われています。たとえば絵を買った女性の潜在意識の中のこんな記憶に絵が反応しているのかもしれません。

「この女性は少女時代に虐められていた。あるとき虐められていた自分の心を転校生が慰めてくれて嬉しかった。この絵の中の少女がその喜びを呼び覚ましてくれた。あるいは虐められていた当時の痛みを理解して癒してくれた。」

もう意識の上ではその時の感情も忘れ去っていますから、女性はなぜ自分が「少女の絵」に惹かれるかわからないのです。しかし自分自身の潜在意識は激しくこの絵を求めています。体が絵の前を去ろうとしたときに、いつしか絵の中の少女と同化した潜在意識は、少女の声となって、自分自身の耳(あるいは心)に「行かないで」「私を連れてって」と語りかけて来たのです。

少女の絵が女性にもたらしたものは喜びや癒しです。だとすると潜在意識の中の傷やトラウマをこの絵が浄化したと考えることができます。それは精神を浄化するという段階より一歩奥に踏み込んだ状態です。


上記は、心理学という科学に照らして、「絵がしゃべった」という現象を仮定的に説明をしてみた内容です。

しかし、絵がしゃべったのは本当に見る側の潜在意識の働きだけなのか、そこにも疑問を呈してみる必要があります。

●精霊のわざ
風や火や水や大地の自然万物に精霊が宿るとするのは宮崎駿のアニメの世界、というよりも汎神論やアミニズムや神道の世界であります。

たとえば植物にも意識があるということを証拠づけるサボテンの実験があります。身近なことでは、花などの植物にいつも話しかけるとよく育つ、なかなか枯れないなどということもそうです。

では石のような無機物にも意識はあるのでしょうか。もしあるとするならば、絵画は無機物ですが、作家の「描こう」とする衝動や思いから生まれており、絵画が人間に似たような意識(意志)を宿しているということも考えられます。

さらに飛躍すれば、その人を守っている先祖や天使などの霊的存在がいるとして、それが絵を通してその人を癒すために働いているということは可能性として考えられないでしょうか。

絵画が人間に声をかけると言うのは極端な例ですが、絵画がある意志を持って、自分が行きたい人(家)を選び、何らかの方法で意志を伝えるということはあり得ることかもしれないのです。

長年絵画の販売に携わって、人が絵を選んでいるのではなく、絵が人を選んでいるような感覚を覚えることはよく経験しました。それはまたいつかお伝えしましょう。


●ホ・オポノポノ
潜在意識の作用をよく理解しているのは、実は現代の科学者ではなく、たとえば先住民族のシャーマンです。

ハワイ先住民族の呪術をもとにして、シメオナという人が開発しヒューレン博士が発展させた「セルフアイデンテティ・ホ・オポノポノ」があります。

重度精神疾患の患者が入院しているハワイの精神病院に勤務していたヒューレン博士が、これを用いて、二人だけ残して他のすべての患者を治療し退院させてしまった話は有名です。

ホ・オポノポノの精神治療は、端的に言えば、人間の潜在意識に潜むコンプレックス(罪意識)を浄化させて、病んでいる精神を快方に向かわせるものです。

潜在意識同士は霊的に互いにつながっているので自分の潜在意識を浄化することで他人を治療することが可能だというのです。

それを応用して、自分自身で、普段の生活の中の様々な問題解決や生活の向上に役立てるというものです。

先に述べましたように、量子物理学は人間の「意識」が「現実世界」に強く影響を与えていることを解明しています。「顕在意識」よりも「潜在意識」の働きが大きいのです。たとえばネガティブな現実は人間のネガティブな意識(潜在意識)が原因となっているのです。その観点でホ・オポノポノは我々の現実をよりよくするための科学的な方法です。

ただし心理学を含めた科学の視点からは、人間の魂とは?植物や鉱物に意識はあるのか?地球そのものが意識をもっているのか?といったことにまだ明確な回答を与えているわけではありません。

アメリカ大陸やハワイやオーストラリアの先住民族たち(特にシャーマン)は、科学的とは言えなくとも知っているようですが。


次に、精神治療に使われている絵の話です。

ベニー・アンダーソンという画家の絵はアメリカの精神科の医者が治療に応用しているそうです。具体的な治療方法は聞いていませんが、絵を治療に使い精神疾患から立ち直っている人たちがいるのは事実のようです。
ヴィジョナリーアート「幻想の空間」ベニー・アンダーソン

●引きこもりから立ち直る
この独身女性は両親と弟と4人暮らしです。弟は10年来のひきこもりでした。いい歳ですが部屋にひきこもって働きもしません。家族にも心を開きません。

そんな弟のためにと思って、姉は1年前にベニー・アンダーソンの版画を2枚求めていきました。

次の年の展示会に来場された婦人は、近況を語ってくれました。

「去年買ったベニー先生の版画を家に飾って2〜3ヶ月すると弟は変わってきました。部屋から出て外出もするようになりました。最近は『仕事しなくちゃ』と言って自分で仕事を探しています。」

驚きです。10年引きこもりしていたという男性がいまは仕事を探し始めていて、そのきっかけが絵だというのです。特にほかに治療のようなものはしていません。ただ姉の弟に対する愛のエネルギーを忘れてはいけません。


●奇跡のメカニズム
さて、この話を科学的に見るならば、「ベニー・アンダーソンの作品が、弟の潜在意識の中のトラウマなど、引きこもりになってしまった原因となる意識を浄化して、そこから立ち直るきっかけを作ってくれた」といえます。

ベニーの絵の中は清浄な空間です。絵を見ることで絵の中の空間が自分の心の中にも広がります。つまり狭くなった心を広げてくれて清めてくれるような感覚を覚えます。

さらに描かれている事物−光、橋、木、水などが、象徴的な意味を持って、引きこもり男性の心の中にひっかかっているものを解いたり、癒したりしていることが考えられます。


■ベニー・アンダーソン「地上天国」ジグレ版画
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以下はこの引きこもり男性に対する絵画の効用を私が想像したものです。「橋」で考えました。

ベニー・アンダーソンは「橋」を描くとき、別れた二つのものを繋ぐという意味を込めて描いています。引きこもりの男性の心中に「何か」との断絶があってそれが繋がれるような気がするという見方ができます。「何か」とは、例えば「初恋の女性」「両親」「友達」などの人間関係、また「自分と人生の目標」など。

断絶された思いを描かれた橋がつなぎます。橋で繋がれた道を歩いていけば丘の上のバチカンに似た聖堂のようなところに上っていきます。さらにはその奥に富士山が描かれています。もし風景画の中に入ってこの橋を渡れば次第に上に向かっていくことになります。それが自分の心に向上心をもたらすことは考えられるでしょう。



絵画という芸術はネガティブな精神やその奥の潜在意識を浄化すると私は信じていますが、上記の説明はあくまで科学的な見方でその一部にすぎません。

ベニー・アンダーソンが描いている風景や天使は、実際に画家の第三の目(第六チャクラのあたり)に見えたものをもとに描いているそうです。もしかして我々の背後に天使のような霊的な存在がいて、絵を見る人に具体的に働きかけているのかもしれません。

絵画は我々の意識を霊的な世界とつなげてくれるものなのでしょう。そこに人を癒す力があると思うのです。

ゆえに絵画は人生における必需品と言えるのです。


「絵は見るものではなく、ともに生きるものである」(ルノワール)


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