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zoom RSS ブリューゲル「バベルの塔」解説(人類の理想を見る)

<<   作成日時 : 2017/05/30 19:17   >>

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ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展
16世紀ネーデルラントの至宝 ― ボスを超えて ―

が東京都美術館で開催されている(2017年4月18〜7月2日)
大阪会場/国立国際美術館(2017年7月18日〜10月15日)

奇想の画家ヒエロニムス・ボスと枝葉の刺繍の画家

■ピーテル・ブリューゲル「バベルの塔」(1568年ころ)59.9×74.6cm
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平日でも来場が多いことを想定して、早めに出かけて朝9時40分に美術館に到着。9時半からの開催にもかかわらず既にたくさんの人が入場していました。

一気に3階の「バベルの塔」まで行って見ると、絵の前には5〜6人しかおらず、静かにじっくり見させていただきました。

ブリューゲルが3枚描いたうち最後に描いた1点。傑作です。

実物はそれほど大きくないにも関わらず、絵の前に立ってみるとどっしりとして圧倒的な存在感。それは見る者の目を惹きつけて、自然に精緻な絵画空間に誘っていきます。

絵の中に入って楽しむためには、他人の頭越しから見るのではいけません。ギリギリまで近づいて全体を捉えて、さらに部分を目で追い、また全体を見て細部に移るという見方になります。

今回、東京藝術大学COI拠点の手によって、ブリューゲルの「バベルの塔」を300%大に油彩で拡大模写したものが展示されています。先端技術を駆使してかなり精密に模写されており、実物より大きい分細部がよく見え、それはまさに鑑賞者が「絵の中に入る」ための素晴らしい企画だと思いました。

●旧約聖書
「バベルの塔」の物語(旧約聖書「創世記」11章1-9節)を紹介します。

全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。

旧約聖書に登場する神は、古代イスラエルつまりユダヤの唯一神ヤハウェ(エホバ)です。バベルという語はウィキによると「アッカド語では神の門を表し、一方聖書によるとバベルはヘブライ語のbalal(ごちゃまぜ)から来ているとされる」とあります。Balalバラルは混乱の意味でもあります。

●霊性の低い神
ここで考えて欲しいことは、人間が天までと届こうとする塔を作っていることに不満を覚えて人々が互いに通じ合えないように言語を乱そうとする神とはどんな神でありましょうか。

旧約聖書に登場する神ヤハウェはユダヤ民族に「異邦人を殺して街を滅ぼせ」と命じたりしています。この神が戦争を肯定する宗教の親分ですが、冷静に考えるととんでもない神です。

初期キリスト教の一派であったグノーシス派は旧約聖書の神エホバを悪魔サタンだとしています。

旧約聖書はユダヤ教の教典であると同時にキリスト教の教典でもあります。さらにイスラムの唯一神はアッラーですが、イスラム教もムハンマドに啓示されたというコーランだけでなく旧約聖書と新約聖書の一部を教典としています。

それぞれの宗教はさらに様々な派に別れていますが、彼らが今日に至るまで互いに「聖戦」と称した戦争をしている原因は旧約聖書に秘められているようです。

新約聖書はイエス・キリストの言葉を中心に書かれており、そこには怒り狂う神はほとんど見られません。彼の教えは博愛や慈愛に満ちたものです。

ユダヤ人として生まれたイエスは、律法に縛られたユダヤの民を解放するためにその時代にやってきたのですが、そのイエスは律法(安息日)を破った咎でユダヤ人によって十字架にかけられてしまいました。

話をバベルの塔の言語の混乱に戻します。

もし、現代において互いの国の言葉が通じ合っていたならどうでしょう。人々は互いの意思を疎通させて誤解による争いは少なくなると予想されます。

「俺に近づこうとするなどふとどきで傲慢な人類め。塔を完成できなくするために言葉を混乱させてこいつらを分離させよう」という神はなんて狭量な神でしょうか。

不穏な黒い雲は、支配的で狭量な神の黒い意志を表しているかのようです。

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ブリューゲルという画家は風俗画家として人々の愚かさを風刺するような絵を良く描きました。ですから、普通に考えれば、「神が人類の驕りを戒める」象徴としてのバベルの塔は、その意図を込めて描いたとおもわれがちです。

しかし、人間を愛する眼を持っているからこそ絵画を通して人類にそうした警鐘をならすような絵を描くわけで、けっしてただの批判ではないと思うのです。

人類の傲慢さを戒めるというテーマを逆の視点からとらえたとき、それは「人類の素晴らしさをあらわすこと」だと思います。ブリューゲルの眼は愚かな人々を見つめる一方で、しっかりと人々の美徳をも見据えていたに違いありません。

ブリューゲルが旧約聖書の神に対してどんな思いを抱いていたかはわかりませんが、その神に対峙した側からの視点で見てみる必要があるのです。

●人類の理想
ブリューゲルの「バベルの塔」に描かれているものは、混乱に陥る前の人々が協力して塔を築いている様子です。どなたが数えたのか1400人という人々が、米粒のように、しかししっかりと描かれています。

働く姿や洗濯物が描かれたりしてバベルの塔は巨大な「街」の様相を呈しています。そこに住んでいる人々がいて、みな塔の完成に向けて生き生きと働いています。これは見ようによっては人類の理想の姿ではないでしょうか。

小さすぎるので表情は描かれていません。その人々に「驕り」などという雰囲気は漂っておらず、人類が協力して塔を積み上げながら次第に天(神)に近づくための仕事を喜んで行っているように見ることが可能です。

ブリューゲルの「バベルの塔」は、通説となっている「人類の驕りを戒める」神の意志を伝えることではなく、正反対に人間は互いに力を合わせて一つになれば神に近づくくらいまで成長できる素晴らしい存在であることを描こうとしていたのだと思えてなりません。

キリスト教を喧伝するために数多くの絵画が描かれてきました。そのことで、優れた表現技術と霊性を供えた芸術作品が歴史上に遺されました。

ただし、宗教を題材にしながらも宗教の教義に捕らわれずに、それ以上の超越的な感動を与える絵こそが真に優れた絵画であり、そうした作品を描く画家こそが真の芸術家です。

「バベルの塔」の作者であるピーテル・ブリューゲルは、数少ない真の芸術家の一人だと思うのです。

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バベルの塔展に同時展示されている作品→奇想の画家ヒエロニムス・ボスと枝葉の刺繍の画家

「ボッティチェリ展」が語ってくるもの(東京都美術館)

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」珠玉のトローニー
フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展

「芸術と宗教」スピリチュアルなアート

■1563年作ブリューゲルのもう一つの「バベルの塔」(参考)
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