画家の箴言名言(1)―棟方志功―

このブログの一つのシリーズとして「画家の箴言名言」を掲載していきます。巨匠をはじめとする作家たちが語った言葉を紹介することで、美術鑑賞の内的視点を深める一助となれますように。第一回目は、我が故郷青森出身の世界的版画家、棟方志功です。

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       ※棟方志功「門世の柵」

驚いても オドロキイレナイ
喜んでも ヨロコビキレナイ
悲しんでも カナシミキレナイ
愛しても アイシキレナイ

それが板画です



「わだば(私なら)ゴッホになる」という夢を抱き、

1924年、21歳のときに青森から上京して本格的に画家の道を歩み始めた棟方志功は、

1952年4月、スイスのルガーノで開かれた第2回国際版画展で優秀賞を受賞、

1955年7月、サンパウロ・ビエンナーレに「釈迦十大弟子」などを出品し版画部門の最高賞を受賞しました。

翌1956年6月のベニス・ビエンナーレでは「柳緑花紅頌」などで国際版画大賞を受賞し、世界の棟方としての地歩を築いたのです。


棟方志功は自らの木版画を「板画」と言いました。

自作の画をもとに、木の板の上に彫刻刀で刻んだ鋭利な線、

刷り上った紙の上に施した自由奔放な手彩色の描線、

どこかから湧き出たような巫術的でダイナミックな造形、

それらは作家の内側からほとばしるエネルギーに満ち溢れています。


こうした棟方芸術の基をたずねてみると、

自然との神秘的な出会いにその原点がありました。


棟方志功が小学6年生の頃、

田んぼに不時着した飛行機を見るために友達と走って行ったところ、

その途中の小川のほとりで転んでしまいました。

そのとき、傍らに白い花(おもだかという水草)を見つけて、

その美しさにひどく感激して飛行機のことなど忘れてしまったといいます。

素朴で小さな花に何もかも忘れて見入る幼い志功の姿を想像してみれば、

老人になっても変わらぬあの屈託の無い笑顔が浮かんできます。

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おもだかの逸話は、志功の言葉を紐解く鍵となります。

彼は森羅万象のどんな小さなものにも、

限りがなく、とらえきれない、生命の輝きを見ていました。

冒頭の言葉は、志功の内側から無限に湧き上がるように言い放たれていますが、

それはまさに志功の画そのものとも言えます。

棟方芸術は、

人間存在の驚きや喜びや悲しみの一切を抱きしめて、

なおも湧き上がる愛の衝動なのでしょう。


驚いても オドロキイレナイ
喜んでも ヨロコビキレナイ
悲しんでも カナシミキレナイ
愛しても アイシキレナイ

それが板画です

(2)アンリ・マティス「デッサン・精神的光」
(3)ポール・セザンヌ「修行僧のごとく」
(4)パウル・クレー「嘘の無い絵画」
(5)平野遼「本物の光」
(6)パブロ・ピカソ「虚構の中の真実」
(7)高山辰雄「いのちに触れた筆」
(8)パブロ・ピカソ箱根彫刻の森美術館から
(9)フィンセント・ファン・ゴッホ「画家の生き様」


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