国立新美術館「シュルレアリスム展―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による―」

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       ※ルネ・マグリット

質の高い展覧会だと思いました。

展覧会ホームページ:http://www.sur2011.jp/

ディスプレイも入り口から証明を落として期待感を持たせる演出です。

1924年のアンドレ・ブルトンによるシュルレアレスム宣言以前のマルセル・デュシャンのダダから入り、戦後1960年代に至るまでその影響圏を網羅。

途中、ポンピドゥセンターが蒐集した本や冊子など陳列され、さらにフランスのモノクロの短編無声映画やブルトンのアトリエを紹介したVTR、写真など、盛りだくさんの内容で、まさに「この運動の全貌をつぶさに紹介する展覧会」と謳うに相応しいものでした。

書籍展示や映画はチラッと見ただけでスルーさせていただきましたが、時間があれば映画は全部見てみたかったところです。

●原始美術とシュルレアリスム

絵画や彫刻の展示作品以外に最も興味深かったのが、ブルトンのアトリエを紹介したVTRです。

「野生状態の目 アンドレ・ブルトンのアトリエ」と題したVTRは、土俗的でプリミティブな彫刻がシュルレアリスムにも影響を与えていることをあらためて確認させてくれました。

近代文明と縁の無いアフリカやニューギニアと思われる地域で作られた彫刻や仮面・盾などが所狭しとばかりにぎっしり飾られており、その合間を縫うようにポツリポツリとミロやアルプなどのシュルレリスムの絵画が壁にかけられている様子は、圧巻でもあります。

映像画面は白黒ですが、映し出されたコレクションの一つ一つが変化に富んで面白く、時間的都合により途中で椅子から立ち上がるのに苦労しました。

アフリカ彫刻は、最初のキュビズム絵画と言われているピカソの「アヴィヨンの娘たち」の制作に影響を与えたことは有名です。パブロ・ピカソ「キュビズム」と画業の変遷


シュルレアリスムとキュビズムといえば、ダダと抽象絵画を含めて20世紀現代美術の理論的支柱となる美術運動であったことを思えば、その背後に近代的な哲学や論理性を持たないプリミティブアートがあったことは注目すべきことです。

常々思っていることですが、やはり美術の本質は理論ではなく、もっと原初的ともいえるエネルギーであるといわざるを得ません。
「シンパラム」朴芳永(パク・バンヨン)評論①
「文人画と民画」(朴芳永評論③)


韓国の済州島に「アフリカ美術館」というアフリカの彫刻や仮面などを中心にコレクションした美術館があります。

この美術館は建物自体がアフリカの赤土で作られた建造物を模していて、祭事のときに使う異形の仮面をつけた人々の写真が大きく拡大されて展示され、また土俗的な彫刻・仮面などの展示物は、現代のものから18世紀に遡るものまで、とにかく多様な造形が見られます。

済州島の「アフリカ美術館」に飾られている彫刻を二つほど紹介しましょう。

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マックス・エルンストもジャコメッティもびっくりでしょう。

●洗練された絵画技術を持つシュルレアリスム

さて、シュルレアリスム展の展示作品は、エコール・ド・パリ当時の作家たち同様、その造型以上に、色彩が独創的で深く味わいのあるものが多くありました。

例えばキュビズムの影響が強くみられるマッソンの1920年代前半の作品が5点展示されていましたが、褐色がかった緑やグレーやブルーやレンガ色の調和は、それを見ているだけで上質の気持ちよさを味わえます。

この作品を見ながら、韓国の現代作家である金興洙(キム・フンスー/通称KIM SOUキム・スー、韓国芸術院会員・金冠文化勲章受勲)が語ってくれた話を思い出しました。

キム・スーが東京美術学校(現・東京芸大)を卒業後一時帰国して1955年にパリに留学した際、本場のパリの画家たちの油絵を見て、自分の絵が彼らのように油絵の具を使いこなしていないことに気づきました。

一日3時間の睡眠で制作に没頭するものの、納得する色彩を出すことが叶わず、「どうして彼らのような色を出せないのだろう」と毎日泣きながら絵を描いたというエピソードがあります。

当時、油彩画におけるヨーロッパの伝統という厚い壁は、異邦人である東洋の画家にとって容易くは乗り越えがたいものだったのでしょう。

ただ、キム・スーは、パリ滞在中の1960年の二回目の個展で50点のうち2点を残して完売するほどの人気作家になったことをここに付け加えて起きます。
平山郁夫・金興洙二人展回想ーKIM SOU死去

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      ※キム・スー作品「望郷」

●東洋から生まれるシュルレアリスム?

今回のシュルレアリスム展を見ると、そうしたヨーロッパ絵画の伝統が息づいており、色彩や描写だけをとっても質の高い芸術作品です。

そこに加えて彼らの精神的な伝統・哲学がシュルレアリスムの理論を生んで、絵画の技術に結びついていることを感じます。

日本でシュルレアリスムに影響を受けた画家たちも、結局西洋から移入された理論を学んで制作していました。

しかし、東洋の水墨画や書は基本的に線描の芸術ですが、シュルレアリスムの理論の中核にあるオートマチズム(自動記述)的な要素がはるか昔から既にありました。

水墨画や書が西洋の画家、たとえばミロのような抽象的なシュルレアリスムに影響を与えたところもあるといえます。

ここでもう一つ韓国作家のエピソードを紹介しましょう。

このブログで紹介した
権玉淵(クォン・オギョン、韓国芸術院会員)が、やはり1950年代後半のパリ留学時代にブルトンに自分の作品を見てもらう機会がありました。

権玉淵が描き上げたばかりの抽象画3点を前に、ブルトンはこう言ったそうです。

「東洋に抽象的なシュルレアリスムの画家が出てこなかったのは不思議だった」

権玉淵は「抽象的な考え方は東洋から出てきている」と主張していますが、上記ブルトンの言葉が事実であるならば、ブルトンは東洋から来たこの若者(当時の権玉淵)の作品を見ながら、あらためて東洋の水墨画や書を思い浮かべたのかもしれません。

権玉淵の抽象画の中に「シュルレアリスムの抽象絵画」を見たのでしょう。

ただし、そこにあったのは、西洋哲学の理論的裏づけによる絵画ではなく、もっと感覚的な東洋的伝統に連なるシュルレアリスム抽象絵画でした。

さらに、韓国の民画や工芸品に宿る線はオートマチズム的な要素が見て取れます。朝鮮民画(1)「民画とは」

それは韓国の現代作家の線にも受け継がれているようです。

李康逸ドローイング
李重煕「気韻生動と五方色」
「文人画と民画」(朴芳永評論3)

今回の国立新美術館での「シュルレアリスム展」は、東洋の画家の作品は一つもありませんが、お勧めです。

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