幼な子が描いた絵本
人は誰に教えられなくても、生まれたときから魂に刻まれた本性があります。
ある小学校2年生の少女が学校の授業で描いた絵本の内容を紹介します。
タイトルは
『捨て猫のミー子と枯れ木のおじいさん』
************
枯れ木の下でダンボールに入れられた子猫が「ミャー・ミャー」とないています。
ダンボールには「ミー子」そして「だれかこの子を育ててください」と書かれています。
ご主人様が引越しをするので子猫のミー子を飼えなくなってしまい、ミー子は捨てられたのです。
枯れ木のおじいさんがミー子を見下ろしながら、「どうしてお前は泣いているのか?」とたずねました。
ミー子はご主人様に捨てられてとても悲しいのだと訴えます。
話しながらミー子はふと気づきました。
まわりの木は皆葉っぱをつけているのに、このおじいさんの木だけは枯れています。
ミー子は訊ねました。「どうしておじいさんは葉っぱがないの?」
枯れ木のおじいさんはこたえました。「歳をとって葉っぱをつける力が無くなってしまったんだよ」
するとミー子は、しばらく考えたあとに笑顔をつくり、ご主人様との楽しかった思い出をいっぱいいっぱい話すのです。
「こんな風に遊んでくれた。こんなこともあった・・・」
おじいさんは愉快に笑いながら、ふと疑問に思いました。
「ところで、どうしてお前はそんな楽しい話をしてくれるのかね。お前は捨てられて悲しいのじゃなかったのかな?」
ミー子「だって・・・おじいさんが可哀そうだから・・・」
そうです。ミー子はおじいさんに元気になって欲しいと思って一生懸命話したのです。
その言葉を聞いた枯れ木のおじいさんは、
心が慰められ、
目から涙がこぼれ落ち、
その涙は根まで伝わり、
それが力となって、
満開の花を咲かせました。
************
8歳のおさな子が、このストーリーを自分で考えたとしても、あるいはどこかで聞いた話をヒントに描いたのだとしても、この内容を「絵本に描きたい」と思った衝動は、本性からのものです。
それは、「なにが善か、なにがよろこびか」と誰かに教えられたから描くのではなく、自分の本心に湧き上がる思いの表現であり、魂が既に知覚していることを素直をあらわしただけです。
芸術とはそうしたものです。
担任の先生のコメントには「とっても心があたたかくなるお話ですね」とありました。
この絵本は、捨て猫のミー子のように家も主人の愛も全てを失い、たとえ自分が何も持っていなかったとしても、他人に与えることができるものがあるのだということを教えています。
そしてそれが互いの心をあたたかくします。
美術であれ文学であれ音楽であれ、
芸術表現は「愛を与えよう」とする自覚なき「愛の表現」なのです。
※李熙中作品
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タイトルは
『捨て猫のミー子と枯れ木のおじいさん』
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枯れ木の下でダンボールに入れられた子猫が「ミャー・ミャー」とないています。
ダンボールには「ミー子」そして「だれかこの子を育ててください」と書かれています。
ご主人様が引越しをするので子猫のミー子を飼えなくなってしまい、ミー子は捨てられたのです。
枯れ木のおじいさんがミー子を見下ろしながら、「どうしてお前は泣いているのか?」とたずねました。
ミー子はご主人様に捨てられてとても悲しいのだと訴えます。
話しながらミー子はふと気づきました。
まわりの木は皆葉っぱをつけているのに、このおじいさんの木だけは枯れています。
ミー子は訊ねました。「どうしておじいさんは葉っぱがないの?」
枯れ木のおじいさんはこたえました。「歳をとって葉っぱをつける力が無くなってしまったんだよ」
するとミー子は、しばらく考えたあとに笑顔をつくり、ご主人様との楽しかった思い出をいっぱいいっぱい話すのです。
「こんな風に遊んでくれた。こんなこともあった・・・」
おじいさんは愉快に笑いながら、ふと疑問に思いました。
「ところで、どうしてお前はそんな楽しい話をしてくれるのかね。お前は捨てられて悲しいのじゃなかったのかな?」
ミー子「だって・・・おじいさんが可哀そうだから・・・」
そうです。ミー子はおじいさんに元気になって欲しいと思って一生懸命話したのです。
その言葉を聞いた枯れ木のおじいさんは、
心が慰められ、
目から涙がこぼれ落ち、
その涙は根まで伝わり、
それが力となって、
満開の花を咲かせました。
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8歳のおさな子が、このストーリーを自分で考えたとしても、あるいはどこかで聞いた話をヒントに描いたのだとしても、この内容を「絵本に描きたい」と思った衝動は、本性からのものです。
それは、「なにが善か、なにがよろこびか」と誰かに教えられたから描くのではなく、自分の本心に湧き上がる思いの表現であり、魂が既に知覚していることを素直をあらわしただけです。
芸術とはそうしたものです。
担任の先生のコメントには「とっても心があたたかくなるお話ですね」とありました。
この絵本は、捨て猫のミー子のように家も主人の愛も全てを失い、たとえ自分が何も持っていなかったとしても、他人に与えることができるものがあるのだということを教えています。
そしてそれが互いの心をあたたかくします。
美術であれ文学であれ音楽であれ、
芸術表現は「愛を与えよう」とする自覚なき「愛の表現」なのです。
※李熙中作品
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