金圭泰(KIM KYU-TAE)「現代的な民画の世界」

金圭泰(キム・キューテー)は1952年韓国江原道に生まれ、結婚して32歳でブラジルのサンパウロに移民した。無謀にも大した準備もなく渡り、住んでみてすぐに後悔したという。ポルトガル語以外の言葉が全く通じない。ブラジルに渡ってまもなくして生まれた長女のミルクも買えず、ただお店の中を右往左往した。仕方なく乳房を絵に描いてミルクを買った。文字通り言語に尽くせない苦労を味わった。

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●地球を股にかけて働く
ブラジルでの活動は水墨画を描くことと教えることだけだった。なぜならそれ以外のことができないからだ。でも苦労の末に国立博物館で個展を開催するほどまでになり、ITU大学でブラジルの学生相手に教鞭をとるなど画家としての地位を築いてゆく。

水墨画から原色を基本とした現在の画風に変わったのは1997年からである。日本との交流もこの頃から始まった。2003年から2007年まで毎年のように銀座のギャラリーで個展を行い人気を博す。故針生一郎や村田慶之輔といった名だたる評論家がカタログに評論を書いた。

2001年にはブラジルの国家諮問委員会であるO.P.B(オー・ペー・ベー)の文化賞を受賞し、文化部門の諮問委員に選出される。O.P.Bの称号をいただけばブラジルではVIPの待遇となる。

しかしそんなブラジルでの高い地位を捨ててしまうかのように、今度は妻子とともにアメリカに居を移した。現在はニュージャージー州に住んでいる。昨年2011年12月のアメリカでの初の個展は好評だった。

韓国に生まれ、地球の裏側まで渡り、ブラジルと日本と韓国を行き来し、ついにはアメリカと日本を股にかけて画家としての活動をしている金圭泰に、最近予期せぬ出来事がおとずれた。

それは、生まれ故郷である韓国からのラブコールである。しかも文学界からだ。

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●韓国文壇に歌人として登録
今年の4月ごろから、インターネットを通じて、アメリカから韓国の詩と詩調(シジョ・日本における短歌)のグループに短歌を載せるようになった。

「韓国文壇」という詩と詩調を中心とした団体だが、ここの詩調部門で「文壇登壇賞」という大賞を受賞して文壇にデビューしたのだ。4月に詩調を初めて6月に受賞したのだから驚く。韓国文壇側は金圭泰の画家の立場を考慮して「顧問」に任命。そして韓国文壇発行の月刊誌の表紙を今後1年間彼の絵が飾るという。

さらには7月に新人にとっての最高賞である「文学賞」を見事に受賞!

「新人文学賞」に選出された10選のうち2選の日本語訳をここに載せよう。

ピンク色のきれいな手紙を あなたがくれたが
恋の花手紙だと 胸がときめいた
喜んで読んでみたら 服を買ってほしいという手紙だった

ゴーヤの花が花の中でも 一番きれいな花だと
人生の道が険しいとき ゴーヤの花を見て笑った
未亡人の肌よりも 白くきれいなゴーヤの花

金圭泰は「彗星のごとくあらわれた」歌人なのである。

専門家が金圭泰の詩調(短歌)を詠んで「この人は基本をしっかりと勉強した人だ」と評した。ところが金圭泰は「そんな勉強は一度もしたことがない。はじめは語数の決まりごとさえわからなかった。」

では、どんな風に詩調(短歌)を書いているのだろう。

実は彼の絵の制作と全く同じ手法だった。

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●天から降りてきた絵画と短歌
金圭泰は先述したように水墨画を描いていた。それが一夜にして原色が彼の絵を支配したのである。不思議なことに本人のまったく意図せぬ出来事だった。その経緯はともかく、それ以来彼の作画の方法もまた一変した。

それまでは題材や構図や内容を頭で考えて描き、幾度も失敗したのだが、2007年のある日を境に絵を描くために考えることをやめ、頭に思い浮かぶままに自然に絵筆を運ばせるようになったと言う。それはまるで天から降り注いできたものを受け止めるような行為である。つまり自分以外の何か大きな力に動かされて描いたのだ。

彼の原色は東洋の色彩哲学「五方色」を基本としているが、金圭泰はその論理をマスターして意識的に描き始めたのではなく、描いたあとからその意味合いを知るという形だ。

短歌を作るときも、短歌の創作方法の決まりごとに則って考えてつくってはいない。頭に浮かぶ「絵のイメージ」と同じように「言葉」が浮かぶのをそのまま書きとめ、整形するだけなのだ。

モーツアルトは彼の頭の中に音楽が流れてくるのをただ楽譜に書きとめた。それと同じような感覚だろう。しかし、与えられるものこそが芸術の力であり、人々の心に感動をもたらす純粋なエネルギーだ。

たとえそれが自然や現実世界に充満しているものだとしても、降り注ぐようなインスピレーションとして受け止めるときに芸術的となる。

●捨てることで得たもの
このように金圭泰がブラジルの大地で手に入れたものは「天から贈られた芸術」と言っても過言ではない。では、一体なにが起因してのことだろう。私はこう思う。

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彼は韓国国籍を捨ててブラジル国籍を取得した。故国である韓国に帰るためにはビザを発行してもらい滞在期間も限定される立場になってしまった。民族意識の強い韓国人にとって国籍を捨てることには大きな葛藤が伴うに違いない。しかし、ブラジルで生きてゆくために家族のことを思って彼はそれを捨てた。

容易に帰れない故郷は画家たちの作品に明確に息づいている。

共産化してしまったロシアを思うシャガールの絵に登場したのは故郷ヴィデブスクで遊んだロバや鶏、そしてユダヤの経典や道端のバイオリン弾きだった。韓国現代アートの巨匠金昌烈(キム・チャンギョル)は、故郷の北朝鮮で、幼い頃に自分を溺愛してくれた祖父から手ほどきされた「千字文」を今でも作品に描き入れている。

韓国ドラマを見たことのある人はわかるだろうが、この民族は、何か驚いたときや胸が詰まるような思いに晒されるときに「アイゴー」という言葉を発する。

金圭泰はブラジルの地で言葉に尽くせない苦労をしたという。その度に彼もまた「アイゴー」と地を叩いて泣いたのだろう。その度に思ったのは故郷の母や姉や美しい山河だったに違いない。

考えてみればいい。異国の地で苦労するときに思う故郷のありがたみを。

国籍を捨てるという形で故郷を遠ざけたときに、逆に無意識の内に自らの民族の血に潜む美意識を手繰り寄せていった。機が熟して彼の絵に突如として出現した「五方色」は韓民族の生活に定着したいわば民族の色だ。

●現代的な民画の世界
金圭泰の絵は現代作家が描く独特な現代絵画だ。しかし一目で民画の味わいを想起させる。

このブログで紹介している「朝鮮民画」にも「五方色」がよく使われている。

五方色を使うという民画の制作動機は「その絵を飾った家の魔を退け幸せがやってくるように」ということだ。

私は家に絵を飾ることの最大の意義もここにあると思っている。

金圭泰にも「人々を幸せにしたい」という民画の制作動機に通じる強い思いがある。

金圭泰は実は性急な性格を持つ男だ。しかし彼の絵にはそんな彼の性格とは正反対のゆったりとした時間が流れている。また「うまく描いてやろう」などという気負いもない。ゆえに民画が自由奔放さからくる解放感に満ちているように金圭泰の絵にも大らかな解放感がある。

金圭泰の絵の中に漂うそうした情感は、民画というものを描いてきた故国韓国の民族的な心情世界に通じているのだと思う。けっして南米の大地などという大らかさではない。


「描き上げた一枚の絵は、この世の中の誰かの家に飾られ、その家を幸せに導く」

描く者がそんな気持を持てば、一枚の絵は必ずいい縁を結んで相手に幸せをもたらすに違いない。


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