朝鮮民画(8)「花鳥図―下手編(わくわくするパボ民画)」

民画の魅力は、特に素人絵師たちが何ものにも囚われずに描いた線描と造形にあると感じています。


民画に対して上手・下手と分けたのは、作画技術の点でプロと素人を対比させるために便宜上私が付けただけですが、あえて言うなら下手を「パボ」という言葉で表したいとおもっています。「パボ」とは韓国語で馬鹿とか間抜けといった意味があります。「パボ民画」とつけたい理由は、一部の素人絵師の民画には間が抜けているみたいな滑稽さや面白さが満ちあふれているからです。


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●パボ民画の特徴


前回の「花鳥図ー宮廷画家も描いた上手編」に対して今回は「花鳥図―下手編」ですが、特に私が「パボ民画」と呼んでいる素人絵師が描いた「下手民画」は、花鳥図に限らず、風景においても遠近法を完全に無視した大胆な構図など実に大らかな表現が見てとれます。


パボ民画は正統画の基本技術を学んでいない分だけあらゆる面で自由です。反面、技術的にきわめて稚拙なのですが、彼らは稚拙であることに対して何の引け目もなく堂々と描いているのです。


「お前ふざけてるのかよ」と言いたくなる言葉さえ吹き飛ばしてしまうくらい真面目にへたくそなのです。描かれた事物の一つ一つは滑稽で思わず笑いが込み上げてくるほどです。


その緩い線描からは意識を超えた世界に通じる巫術的な力さえ感じます。またその無造作ともいえる造形には作為のかけらもない無邪気さが漂っています。


たとえば子供の落書きを見ると大人は新鮮な驚きを覚えます。上手く見せようとする意識など全くない無邪気さ純朴さが見る者の心を震わせるのです。ピカソが子どものような絵を描きたかったのはそうした感動を求めたからではないかと思うのです。天才画家ピカソ「無垢へのあこがれ」


民画は子供の落書きではありません。立派な大人が描きました。ところが、プロが囚われてしまいがちな技術を最初から持ち合わせていないがゆえにあらわすことのできる無垢な線描と造形が、見る者の内側に本来潜んでいる無邪気さや純朴さを啓発して、言い表しがたいよろこびを湧きあがらせてくれるのです。


※下の絵は作画の技術を学んだ絵師のようですが、当時の既存の絵画にとらわれない装飾性が見られます

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●花鳥図が象徴するもの


このシリーズでこれまでも紹介しましたように一つ一つのモチーフには「象徴性」が含まれています。とくに花鳥図は、つがいの鳥に見るように「夫婦愛」や「家族愛」を象徴しており、主に婦人部屋や新婚夫婦部屋で飾られてきました。


韓国ではかつて「新房(シンバン)盗み見」という風習がありました。


婚礼から数日は新婦の実家で過ごすのですが、新婚初夜に二人が床につくのを見計らい、親戚や友人が部屋の戸や窓の紙に小さな穴を空けて盗み見るというものです。


これは「邪気」が寄り付かないようにという意味もありますが、新郎新婦の方としては「見られたらたまらない」という思いから、部屋の内側に屏風を飾って隠すこともあったそうです。屏風はもちろん「花鳥図屏風」です。


隠さないこともあった・・・のかどうかはわかりませんが、パボ民画のようになんとも大らかな風習です。


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