韓国画家・李斗植 Lee Doosik―韓国美術協会葬

自国韓国を拠点にこれほど世界を駆け巡った画家も珍しい。そんな精力的な活動家がまさかこれほど早く逝くとも思わなかった。

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李斗植(イー・ドゥシク)、2013年2月22日未明急逝。心臓麻痺だった。私はちょうど韓国を訪れていたのだが、23日山岳画家として有名な金寅化のアトリエにいた時に、彼の携帯にかかってきた電話で訃報を知る。

元韓国美術協会理事長。弘益大学美術大学教授、学長歴任、今年2月末で定年退職の予定で芸術の殿堂美術館で退職記念の個展まで準備されていた。釜山ビエンナーレの実行委員長など数多くの役職を務め、韓国美術界発展に尽力した人物である。

2月26日の10時30分から韓国美術協会葬という形をとり、画廊街である仁寺洞の広場で多くの人々に見送られた。

私はこの日後ろの方からささやかな祈りを捧げ、写真を撮影した。

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李斗植と最近会ったのは12月のソウルでのアートフェアーだった。その時の様子はブログで紹介したばかりなのに。
岡野岬石・韓国アートフェアーART ASIA2012出品

李斗植とはじめて会ったのは1995年の夏、彼が韓国美術協会の理事長時代。忘れもしない、指定されたソウル市内のコリアナホテルのレストランだった。最初のイメージからしてとても忙しい人であった。その後会う場所は弘益大学の近くにあったアトリエで朝8時ころから。市内で会う時も朝食を一緒にした記憶が多い。

当時アトリエではいつも二人ほどの学生の弟子が秘書として世話をし、早朝に絵画制作を手がけていた。昼と夜は公職者として飛び回ることがほとんど。

韓国美術協会の理事長時代に日本での南北作家の交流展などこちらが企画した展示会にもよく来ていただいた。理事長を退いた後も銀座の画廊での岡野浩二との抽象画による二人展は、我ながら見ごたえがある企画だったと自負している。
岬石・岡野浩二アトリエ訪問「光と空間」

韓国国内の美術展はもとより、世界中のアートフェアーや企画展に参加し、理事長時代は韓国の美術を世界に知らしめるために各国の大使館での展示を企画するなど、そのために自ら世界を駆け回るというまさに八面六臂の活躍をした。

奥様は10年ちかく前に乳がんで他界しており、北海道の札幌と旭川で展示会を企画した際にはご夫妻と奥さまの母親も来られた。奥様のご存命中は家族的な付き合いもあり思い出深い。

大学教授の定年退職後はどんな画風にチャレンジするのかと期待していた中での急逝である。惜しまれる。

   ■釜山ビエンナーレでスクリーンに映される李斗植(2008年)
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   ■釜山ビエンナーレテープカット(2008年)
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上の画面左端が河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)、隣が閔庚甲(ミン・ギョンカプ)、右端の方に李斗植

   ■李斗植作品
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この記事へのコメント

天使の羽根
2013年04月08日 21:49
尾道での絵画展で、初めて友人から招待されたとご夫妻でご来店され、新居にふさわしいと李画伯の絵画を購入されたこを思い出します。こんなに現代的でエネルギッシュな色彩は初めてで、心から感動すると、ご主人は語られたました。絵画は一瞬に時空を超えて人を結びつけるエネルギーがあると思います。懐かしい思い出が蘇りました。

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