竹内栖鳳展「近代日本画の巨人」(栖鳳と大観)

竹内栖鳳(たけうち・せいほう 1864~1942)は近代日本画壇に燦然と輝く巨星である。花鳥、風景、動物、人物等々、それらを描きだすあらゆる技に通じている。

■竹内栖鳳「班猫(はんびょう)」1924年 重要文化財(9月24日から展示)
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●京都画壇
「東の大観、西の栖鳳」と称されるほどの実力者。東は関東、その中心は言わずもがな東京、西は関西のことだが、画壇の中心は京都である。

栖鳳は流派を超えて幅広く東洋絵画の技法と伝統を渉猟し踏襲した。さらには西洋画にまで心を開き、東洋画がそれまで構図による遠近法が主だったところに水墨の濃淡で空気を描き画面に遠近感をあらわしたりした。

変化が少ないと言われる古都京都だが画壇もまた同様である。栖鳳はそんな京都画壇に偉大な変化をもたらす。京都で最も大きな画塾・竹杖会(ちくじょうかい)を設けて多くの優れた弟子たちを育てた。

橋本関雪、西山翠嶂(門下の堂本印象、上村松篁)、土田麥僊、小野竹喬、徳岡神泉、福田平八郎、池田遥邨、村上華岳など、いずれ劣らぬ日本画画壇を代表するビッグネームたちである。

栖鳳が与えた影響は計り知れず、近代という時代とともに「日本画を新たな次元に飛躍させた」と言っても過言ではない。ちなみに韓国でもパク・ノスなど戦後画壇の中心で活躍した東洋画家たちは栖鳳をはじめとする当時の日本画に少なからず影響を受けている。

栖鳳展は20年以上前にも「竹内栖鳳没後50年記念展」が開催された。当時の私は絵を観ることにおいて今よりも経験が浅かったが、初めてたくさんの彼の絵を前にして感動し唸ったことを覚えている。

今回の東京国立近代美術館の竹内栖鳳展は、正直20年前初めて見たときほどの衝撃はなかった。しかしながら大作を中心にした見ごたえのある展示構成である。

栖鳳の魅力を探ってみたい。

●鵺(ぬえ)派
栖鳳は17歳で四条派の代表的な画家、幸野楳嶺(こうのばいれい1844~1895)に師事した。入塾3日後に「鳳凰は、梧桐に非ざれば棲まず、竹実に非ざれば食わず、醴泉に非ざれば飲まず」という故事に基づく「棲鳳」の号を受ける。

これは栖鳳のたぐいまれな才能を見抜いて師が授けた号である。後に栖鳳と改める。

■竹内栖鳳「芙蓉」1882年(17歳)
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栖鳳は四条派のみならず、大和絵、雪舟流、狩野派、琳派、円山派などの様々な流派に教えを乞うた。そうやって新たな作風を模索して描いた実験的な彼の作品を見て心無い専門家は「鵺(ぬえ)派」と蔑視した。

鵺とは顔はサル、タヌキの胴体、尻尾はヘビなどの様々な動物が合わさった妖怪のことである。

しかし考えてみればいい。横山大観しかり、セザンヌしかり、モネの印象派もピカソのキュビズムもすべて蔑視から始まった。時代を切り開く偉大な芸術家の宿命であり勲章のようなものである。
画家の箴言(3)ポール・セザンヌ「修行僧のごとく」

1900年のパリ万博への出品を機に、西洋の地を踏み、コローやターナーに感銘を受け、その影響もあって、西洋絵画の技法までも取り入れるようになる。

彼は華やかなヨーロッパ文化を前に圧倒されながらも、西洋絵画を冷徹に観察し、けっしてそれに囚われず、日本絵画の中に西洋絵画を消化していく。

私はこう思う。「コローが栖鳳の絵の闊達で美しい線描を、あるいはターナーが栖鳳の水墨の濃淡で表した幻想的な風景をそれぞれ見る機会があったなら、きっと感銘を受けていたに違いない」と。

巨匠は洋の東西を問わず互いに通じ合うものがあるはずなのだから。

■竹内栖鳳「大獅子図」1901年頃
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●技術の追究
現代の日本画は膠で溶いた岩絵の具を厚く塗り重ねる技法が主流のようで、水墨淡彩の濃淡や線描の美しさはあまり見られない。日本画は旧来の東洋画とは技法的には全く違うジャンルとなってしまったようだ。

■竹内栖鳳「水村」1934年
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栖鳳の絵の魅力は、水墨淡彩の濃淡の妙と線描の自在さにある。さらに大胆な余白や繊細なマチエール、没骨法など、さまざまな技を内に秘めて、結局はどれもが栖鳳の絵になっている。

栖鳳は、まさに神がかりな技術であらゆるものを描き出す。

今回の展覧会では彼のスケッチが数多く展示されていた。写実の基本である写生やデッサンを怠らない。この揺るぎのない写形の技術があるがゆえに作品に写意的な内面の情緒を漂わせることができるのだろう。

栖鳳がルーブル美術館でモナリザを見た時に「日本の絵は実物というものを離れ過ぎている」と語り、その後ヌードモデルを使ったデッサンに励み、骨格や筋肉の動きを研究した。

解剖学にまで至る西洋絵画には及ばないとしても、人物の実在感を表そうとしたとき、こうした修練を経ずしては難しい。

■竹内栖鳳「絵になる最初」1913年
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●栖鳳と大観
今回の竹内栖鳳展では、若かりし頃に雪舟の絵を模写したものが展示されていた。

雪舟は僧侶であり厳しい精神修養を積んでいるゆえに、その線描は凛として厳しいものがある。栖鳳による模写の方は、若くして運筆法を体得していることがうかがえるが、画面からはどことなく優しさが漂う。

栖鳳の絵は、精神性の高さというよりも、「自然万物の中に美を見出してこの世を楽しんでいる」ような軽やかな感興がある。

一方、栖鳳と同時代に活躍した横山大観は、「水墨の濃淡渇潤の千変万化は作者の性格や思想の清濁によって生み出されるものであるから肉眼で見るより心で読むことが必要」として、精神性を強調している。それが大観の絵に重厚さと画格の高さをもたらしている。

「東の大観、西の栖鳳」は、ただ単に東西の巨星を表す言葉ではなく、対照的な作風の違いでもある。

尚、大観は絵画が人間の心に与える影響を強く意識した。日本の国威高揚のために富士山を数多く描いたことにも大観の意識のあらわれである。
■横山大観「富士」
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大観は「写意」を強く意識し、栖鳳は「写形」的なアプローチを重視した。しかし二人とも東洋絵画の根幹にかかわる気韻生動を目指したことに変わりはないはず。
(気韻生動に関しては以下の記事を)
神品「清明上河図巻」/北京故宮博物院(1)
李重煕「気韻生動と五方色」

富岡鉄斎「没後90年」(出光美術館)自在の画境

宋栄邦「五彩墨香」韓国国立現代美術館個展


気韻すなわち神韻の漂う絵画。それは栖鳳と大観に限らず、東洋画というものの伝統の上に立つ画人たちの目指す最高の境地であろう。

ここで技術的な上手さ(巧さ)だけで二人の絵を比べて観るならば、栖鳳に歩があるように見える。大観の絵は上手さを表にあらわさない。

上手さは下手をすれば俗気を孕むことが多い。しかし栖鳳の上手さはそれを超越している。

竹内栖鳳の、自在で、しなやかで、芯のあるその線描が織り成す造形は美しいとしか言いようがない。そして、墨の濃淡が醸し出す空気感は、世界が栖鳳と溶け合って筆先から流れ出て紙に映し出されているかのようである。

繊細であり、かつ迷いもない。

東京国立近代美術館は2013年9月3日~10月14日
http://www.momat.go.jp/Honkan/takeuchi_seiho/index.html
京都市美術館は2013年10月22日~12月1日
http://www.city.kyoto.jp/bunshi/kmma/exhibition/anv80th_takeuchi.html

■竹内栖鳳「潮沙永日(ちょうさえいじつ)」1922年
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■竹内栖鳳「驟雨一過(しゅうういっか)」1935年
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東京美術
吉中 充代

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