ドログバの存在感とコートジボアール人の名言

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2014FIFAサッカーワールドカップ・ブラジル大会の初戦、日本はコートジボアールに2-1で敗戦を期してしまった。しかし、ドログバ一人の存在感のすさまじさをまざまざと見せつけられた。スーパースターとはこういう存在なのだろうか。

日本は初戦敗れたものの、今後の予選二試合を日本らしさを見せて是非次に勝ち進んでほしいと思う。

さて、ワールドカップが始まる前からバラエティでも特集のような番組が組まれ、その中でコートジボアールを日本の芸人が訪れて取材した内容に感動を覚えた。

一つには、ドログバが欧州のサッカーチームで活躍しながら、内戦の絶えないコートジボアールの平和を訴えて、国民の心を一つにしていったこと。

ドログバという人間の存在感は単にサッカーの粋を超えたマスターのレベルだ。

もう一つ、あるコートジボアール人に「初戦の敵である日本をどう思うか」とインタビューしたとき、こう応えていた。

「敵は皆兄弟だ。戦った相手は皆兄弟になるんだよ。(勝っても負けても)試合が終われば仲良くなる」

たしかこんな内容だった。

こうした表現がこの国でよく使われるのかはわからない。だが、私はこの言葉に感動し、これこそがスポーツ文化の核心的な理想であり、美徳であると思った。

スポーツは侵略したり殺しあったりする戦争ではない。ただしナショナルチームは国民の応援を受けて国を代表して相手と戦う。しかも相手に勝つために死力を尽くして戦う。その背後でそれぞれの国民がまた必死に応援する。

しかし、試合がおわったあとは兄弟になる。互いの力を相手に向けて出し合った関係は、戦ったことのない相手とは比べようもなく深い。

負ければ悔しさも残る。しかし、勝負は相手のせいではなくすべて自分の責任なのだ。相手を恨むなどとはお門違いだ。ゆえに本当に死力を尽くしたならば、勝った方も負けた方も互いに相手の健闘を讃え、相手をリスペクトするしかない。まさに兄弟になる。

いつかまた敵同士として戦う機会があるかも知れない、そしてまた兄弟のように一つになる。


世界に絶えない戦争やテロやいがみ合いは、自分たちの欲や感情を満足させるために互いを排斥しようとするだけだ。一つになれない。

宗教も力がない。宗教が個々人に果たした役割はあるが、大きく見れば宗教はむしろ戦争の温床となってきた。

やはり、この世の中に戦争や争いをなくして行くにはスポーツや芸術の力が必要だと思う。


感動で涙を抑えられない。我々の本性が喜ぶ。スポーツや芸術には、いつもそんな力がある。


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