≪前世の記憶を呼び覚ました絵画≫

   

ドロレス・キャノンという人の本を2冊読みました。「この星の守り手たち」と「人類の保護者」

この2冊に共通しているのは「退行催眠」を使い潜在意識を通してその人の現世での記憶だけでなく過去生(前世)の記憶にアクセスした内容で綴られていることです。驚くべきことに被験者の過去生が地球外知的生命体でその時の話が出てきます。そして現在地球外から多くの知的生命体が地球にやってきていることと彼らの目的が明かされています。

卓越した技術を持ったセラピスト(本の筆者)によるものです。被験者が空想したり捏造したようには思えません。それは読んでみるとわかります。

これはSFでも都市伝説でもありません。実際に行われたことの記述ですが、結局「信じるか信じないかはあなた次第」と言うしかないでしょう。

今回は、私が絵画の販売現場で体験した話です。「潜在意識」「過去生」を通して起きたと予想される実際の話をフィクションを交えて解説しています。すこし長くなります。


●潜在意識
潜在意識の詳細については私もまだ勉強不足ですが、心理学などで学術的に認められており、それ自体は間違いなく人間に備わっている意識です。呼び名は別として。


この世に生まれてこれまで生きてきた記憶は、顕在意識では忘れててしまったことも潜在意識にはすべて貯蔵されているという説もあります。また熱いものに触れると瞬間的に手を引っ込めるのも潜在意識の働きによるものだそうです。

人間の記憶は疑わしいものです。相手に伝えてもいないことを「言ったはずだ」と言うことがあります。それは思い込みによるものです。逆に聞いているのに「聞いていない」ということもありますが。

エリザベス・ロフタスによる「ショッピングモールの実験」というものがありますが、その実験結果を見ても自分が経験していない記憶の捏造はあり得ることです。

冒頭で伝えたドロレス・キャノンの本を読むと、潜在意識の働きによって人間が記憶を捏造したり改ざんしたり隠蔽するのは、都合の悪いこと(自分にとって害となること)を消したい(避けたい)という自己防衛的な働きであることがわかります。


今回は前世の記憶に触れた物語りです。(前世が信じられない方は先祖として読んでもらってかまいません)


●自覚無き涙
20年以上前、東京の美術展で1枚の風景画の前で嗚咽し泣いている日本人の婦人がいました。絵は60号くらいと大きく、現代の北朝鮮の画家の手による自然の風景です。

聞けばこの絵に描かれた風景は初めて見るようで、夢で見たこともない、旅行で行ったこともないとのこと。婦人は必死に自分の記憶を探っていましたが思い浮かばず、「なぜ自分が泣いているのかもわからない」と言ってとめどなく涙を流していました。

しかし、この婦人の場合、トラウマなどの隠蔽していた人生の記憶が蘇ったというわけでもなさそうです。

ただその泣き方が尋常ではありませんでした。婦人は作品の大きさと高額な金額に迷いながらも最終的にその北朝鮮の風景画を買っていかれました。


■池順姫(チ・スンヒ)「故郷」北朝鮮
池順姫「故郷」.jpg

■李昌(リ・チャン)「神渓村の朝」北朝鮮
img237.jpg


もう一つ、これも20年以上前のある地方での絵画展でのことです。

韓国のソ・セオクという巨匠の作品で、単純な墨の線で描かれた絵です。「おどりを踊る二人」(同様の画像を添付)というタイトルで二人の人が手をつないで踊っているように見える半抽象的な絵の前で、やはり激しく涙をながしている婦人がいました。

このゲストも、「自分が泣いている理由がわからない」まま、子供が泣きじゃくるように嗚咽しています。この絵は200万円くらいの高額でしたが結局買っていかれました。

※徐世鈺は2000年代に銀座のメゾンエルメスのミュージアムでも個展を行っています

■徐世鈺(ソ・セオク)「おどりを踊る二人」韓国
徐セオク「おどりを踊る二人」.jpg
下のリンクはこのエピソードに関するフィクションの物語りです


●愛の波動
私は絵の前で涙を流す人を数多く見てきました。その経験からも彼らが普通に絵に感動しただけで泣いたのではないということは、その激しい泣き方でわかります。

しかも「高額なお金を出して買った」という事実からもわかることがひとつあります。それは、流した涙に伴う感覚が、悲しみや苦しみを助長するようなネガティブなものではなく、感情を解放してくれるようなポジティブな感覚だったということです。

目には見えませんが確かに存在する波動(エネルギー)があるのです。愛もまた心に受ける波動です。絵の中に息づく愛の波動が彼女たちの感情を刺激して衝動的に泣いたのだと思います。わけも分からず。


ここで、泣いた原因が前世にあったという視点で、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。


●感情浄化
私たちの体は先祖から受け継がれた情報がDNAに記録されており、それが背の高さや眼の色など様々な体の特徴として表れます。前世の記憶や感情もまた、DNAに刻まれて子孫に受け継がれている可能性があります。

あるいは、他人の意識とテレパシーで通じ合うように、宇宙や霊界などのどこかに保存されている前世の記憶にアクセスしてダウンロードできるのかもしれません。

つまり、先述した婦人たちは、前世が経験したことの記憶が魂に刻まれているか、どこかに保存されている記憶にアクセスして、その記憶に伴う感情が押し寄せてきて泣いていたということです。絵はその媒介としての役割を果たしたわけです。

ここでこの北朝鮮の風景画に関して、一つ物語りを考えてみました。あくまでも私が創作したフィクションです。


★物語
400年ほど前、朝鮮時代(1392~1910)中期のことです。山間にあるこの村は土地が痩せて作物があまり取れないところです。村のはずれに親子3人が住んでいました。5歳になるその家の娘は心根がやさしいことで村でも評判でした。

娘の評判とは反対に父親は素行が悪く、村の嫌われ者です。父親は機嫌が悪いと妻や幼い娘に暴力を振るいます。なぜか娘を憎み、その折檻はひどいものでした。娘は年中青あざだらけです。母親は父親の暴力を恐れて娘をかばうことをあまりしません。

娘は家庭では孤独でした。ただ自然の草花や小動物たちと戯れる時だけが唯一の慰めでした。

娘は食べ物もろくに与えられず痩せ細っています。それでも村人に会えば笑顔で挨拶をします。村人はそんな娘の健気な姿を見て不憫に思っていました。

娘が6歳になった年の暮れ、冷害による飢饉で食べ物も少なくなり、父親は何日も娘に食事を与えませんでした。しかも娘を寒い納屋に薄着一枚で閉じ込めました。

娘は自分が何も悪いことなどしていないのに「おとうちゃん、ごめんなさい、ゆるしてください、ゆるしてください・・・」と泣きながら訴えるのでした。その声は次第に小さくなっていき、ついに凍える納屋の中で娘は天に召されてしまいました。


これに似たような話が現代にもあったことはご存知だと思います。

展示会場で嗚咽しながら泣いた婦人の前世は、はたして400年前のこの物語の登場人物の一人だったのでしょうか・・・。

この物語には続きがあります。


★物語の続き
寒さとひもじさ、そして深い悲しみと寂しさの中で娘がついに息を引き取ろうとするときのことです。一筋の光が天から差し込み娘を包みました。

「あっ、神様・・・」娘は薄れゆく意識の中で光りの存在に気づきました。すると声が聞こえてきました。

『私はずうっとお前を見ていたよ。お前は一生懸命に親の仕事を手伝い、どんなにつらくても恨みごとを言ったことはなかったね。いつも自分の事よりも、周りの草花や動物たち、そして村人や両親のことを祈っていたね』

神は娘に訊ねました。『今日はお前の願いを一つ叶えてあげよう。なんでも言ってごらん』

娘は心の中で祈りました。「神様、私はおとうちゃんが好きです。おとうちゃんを赦してあげてください・・・」娘は、自分が死んでゆくその瞬間に、自分をいじめた父親が罰を受けるのではないかということを心配したのです。

結局娘は死んでしまいました。しかし娘のゆるしの祈りは村人たちの心に届き、村人たちはみな自分が生きることに精いっぱいで娘を守ってあげられなかったことを悔いて泣きました。


キリストのような心を持った娘の祈りは、愛の波動となってこの地を満たしました。神様は100年ののちまで、この村が争いに巻き込まれず飢えで死ぬ者が出ないようにしてあげたといいます。娘の祈りゆえに・・・。
★物語おわり


これは私が作ったフィクションです。しかしこうした奇跡の事実は世界中のいたるところにあったはずです。(「伝説」とは、各地で起きた奇跡のような「事実」が内容や形を変えて語り継がれていったものだと思います。)

ここで、これがフィクションでなく、仮に北朝鮮の絵に描かれた場所にまつわる本当の出来事だったとしたらどうでしょうか。ちなみに北朝鮮の画家の風景画はほとんどが実景(実際にある場所を描いたもの)です。


●怨みを解く絵画
まず、婦人が絵の前で泣いたのは、ただ悲しい感情がわいてきたからではなかったのです。娘の崇高な生きざまからくる愛の波動が時空を超えて婦人の感情に押し寄せてきて泣いたのです。

現代に生きる人が、古い物語の波動に共鳴できたのは、前世の記憶がチャンネルの役割を果たしたのでしょう。

絵を描いた現代の北朝鮮の画家においても、目の前の風景がそんな物語の舞台となった場所であるということは知る由もありません。しかし、この地に残されていた波動が画家の筆を通して絵に込められたと考えます。

もしかして画家の先祖が代々この村の住民だったのかもしれません。ここでも前世の記憶がチャンネルです。

異国の風景画を見て感情が押し寄せて泣いた婦人は具体的にはどんなチャンネルを持っていたのでしょう。物語りに登場した娘か母親が婦人の前世であったのでしょうか。

いずれにしても、あの尋常ではない泣き方をしていた婦人は、その絵画を見た瞬間に自身の魂が一瞬にして浄化されたに違いありません。


一枚の絵画が、婦人の自覚無き前世の怨みを、実感を伴わせて解き放ったのです。


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