美術と霊性『魂の選択』

芸術は人間の霊性と深く関わっています。今回は絵ではなくその霊性の話です。(宗教の話ではありません)

■レオナルド・ダ・ヴィンチ「サルバドール・ムンディ」
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●霊的品格

世界をみると、一国で言えば大統領や首相や王を中心に、会社で言えば社長を中心に、軍隊で言えば司令官をを中心にピラミッドのようなヒエラルキー(階級)が形成されています。


人の上に立つ人の要件として、原始時代には腕力が強く獲物を獲得できる能力のある人でした。人類が次第に文明化していくうちに智慧や人徳のある人が上に立つようになったりと、時代や場所に従って組織的なヒエラルキーが様々に構成されてきました。


上に立つ人たちの中には外的な能力や実績だけでなくそれなりの内的な徳を積んでその位置に立っている人も多いと思われます。(ただし、いくつもの生を重ねず1回の人生経験によって人の上に立つべき徳を備えた人は稀でしょう)


歴史上の有名人の中には崇高な魂を持った人がいます。たとえば先日92歳で亡くなられた緒方貞子さんのような方もそうだと思います。


人間には肉体だけではなく霊的な部分(霊性)があります。さらにその霊性の核心をここでは魂と呼んでみます。魂は人間の本性を宿していますが、緒方貞子さんのような方は本性基準の高い魂の持ち主なのです。


魂におけるヒエラルキーというものを考えてみたとき、それは外的な位置や能力や外的な実績によるものではありません。霊的な品格(霊格・霊性)がそれを決めるということです。


たとえ知的障害者や浮浪者などの社会の底辺にいる人であっても、本性が啓発され高い霊性を持っていれば、魂のレベルで階層を築いたときに大統領よりも高い位置にいることもあるのです。肉体と意識を脱いだ魂同士は理屈ではなく互いの位置がわかっています。


人間の意識はつまらないものにとらわれた未熟者ですが、魂の意識は達人です。剣の達人が無駄な戦いをしないのは相手と向かい合っただけで力のレベルを見抜いてしまうからですが、互いの魂のレベルがわかってしまうのはそれに似ています。



我々の人生は自身の霊格(霊性)を高めるための貴重な期間です。


人生を歩みながらもしも「どうして」と言いたくなるような苦労があるとすれば、それは私の霊的進化のために私自身の魂が引き寄せたものです。なぜなら魂は進化成長したいからです。苦労は魂の選択なのです。ただしその苦労は自身の魂のレベルを超えてもたらされることはありません。


●ある中国人記者のインタビュー

NHKの番組『逆転人生』を途中から見ました。


番組では、売れない芸人だった及川さんが中国に渡って日本語教師となり、その熱血指導でたくさんの中国人が日本語を学び、反日運動の嵐が吹き荒れる中でも日中友好に貢献してきたことを感動的なエピソードを交えて伝えていました。


東日本大震災の津波で被災した老人に中国のTV局がインタビューするシーンが出ていました。インタビュアーは中国人。彼は中国で日本人の及川さんから日本語を学んだ徐くんでした。


徐くんからマイクを向けられた老人は人が好さそうな方でした。老人は朴訥とした口調でこう語りました。

「なんもかも無くしてしまった。家も何も全部無くなってしまったのさ・・・」


徐くんは「今一番欲しいものはなんですか」と流暢な日本語で訊ねました。


老人は少しだけ間をおいて「人の心かな・・・。人のあたたかい心に触れたいんだな・・・」


この老人の言葉に対してインタビュアーの徐君はいきなりこう問いかけるのでした。

「抱きしめてもいいですか?」


老人は戸惑いながらも頷きました。すると次の瞬間、徐くんはマイクを持ったまま両腕で老人の体を強く抱きしめたのです。老人も徐くんの肩に顔をうずめました。中国のTV局のカメラはそれを撮り続けました。


突然の出来事でしたが、それを見ていると込み上げてくるものがあります。


この時の徐くんの行動は、何かを考えて起こした行動ではありません。ではその行動はいったいどこから来るのでしょうか。


●人を助けて犠牲になって死ぬ

先日アメリカ在住のベニー・アンダーソンという画家と通訳者を介して「魂の品格」という話をしました。


私が新幹線の中で刃物を持った暴漢に立ち向かい殺されてしまった男性や新大久保駅でホームから線路に落ちた人を助けて自分が電車に轢かれて犠牲になってしまった韓国人留学生のことなどを話しました。


するとベニー先生は9.11の時のファイヤーマン(消防士)の話をしました。燃え上がるビルからみんな逃げ下りてくるときに、逆に助けるために何度も登って行ったファイヤーマンたちがたくさん犠牲になって死んでしまったということを語りました。


彼らはある意味で殉教者です。こうした人たちの魂は一気に高いレベルまで引き上げられると私は信じています。つまり霊格が引き上げられるのです。


私はたまに「死に方」ということを考えます。「海外旅行で飛行機事故に遭って死ねばカードの付帯保険が降りて生命保険をかけていない自分でも家族にお金を残せる」などと考えたりしますが、お金が絡むとかっこよくありません。


自分の霊格を高めるという目的で死に方を考えると、それもまたご利益的で全然かっこよくありません。


しかも、「刃物を持った暴漢」や「線路に落ちた人」や「燃え盛るビル」を見ると、普通は誰もが足がすくんでその中に飛び込むことなんかできないものです。


では、それでもそこに飛び込んでいく人の行動を導いているものはいったいなんなのでしょうか。


●魂の選択

それは自分の意識や意思による行動ではありません。それは紛れもなく魂が選択したことです。


彼らは成熟した魂を持った人たちです。だから通常の意識を超えて行動できるのです。


さらに言うならば、彼らは魂の次元においては「人の為に犠牲になって死ぬこと」を合意しているのです。つまり魂の意識が高いレベルにあって既に準備ができている人たちです。


中国人のインタビュアーの徐君もまた、頭で考えて老人を抱きしめたのではありません。「抱きしめたい」という衝動が魂から湧き上がったのです。ただ、カメラを前にした報道マンという立場が、あるいは彼の性格が「抱きしめてもいいですか?」という理性的なことわりの言葉を吐かせたのでしょう。


そうした感動的な場面やニュースが人々に伝わるときに、その人たちの生きざま(死にざま)を通して大勢の魂に宿された本性が啓発されます。そして人々は自らに問いかけます。


「私はどう生きるのか」と。



絵画などの「芸術」は、真善美の価値を実現しようとする行為です。そして愛や霊性にかかわるものです。


芸術の美は、物質が支配する殺伐としたこの世の中にあって、人々の生き方を本性へと導くために少なからず役立っていると思うのです。








■ベニー・アンダーソン「ピンクの月の下で」F10アクリル

Under the pink moon  2019  F 10.JPG








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