美術と宗教(キリスト教美術)

歴史上、宗教と美術は深い関係にありました。宗教的救いのために美術を利用し絵画などで教会や寺院を飾りました。その結果多くの芸術家たちを育てました。

イスラム教の建築や幾何学文様のデザイン、仏教における仏像彫刻や曼陀羅図、キリスト教においては聖人や聖書の内容を描いた聖画などがありました。今回はキリスト教美術を見てみたいと思います。


●キリスト教美術

キリスト教絵画(聖画)は、まず、ローマで迫害の中にあった地下教会(カタコンベ)の入り口にキリストを象徴する「魚」のマークが刻まれ今に残っています。また地下で礼拝する場所の壁にはそれらしき絵が描かれていますが、特に聖書の人物を描いたものではありません。

■魚のレリーフ
カタコンベ魚2.jpg
■カタコンベ内の壁画
ローマカタコンベ内270年頃.gif

カタコンベの中の絵は礼拝の場やお祈りする場を示す目的で描かれました。


次に、正教会を中心に描かれたイコンと呼ばれる絵画があります。

■イコン「ウラジーミルの生神女」トレチャコフ美術館蔵
イコン1「ウラジーミルの生神女」トレチャコフ美術館蔵.jpg

イコンはギリシャ語ですが、聖書に登場する聖人や天使を木の板などに描いたものです。対象が神聖な存在ですので人間味を排して描くことが決まりごとのようでした。イコンは礼拝堂の祭壇を飾りました。また個人の家の中ではイコンの前でお祈りしました。


14~15世紀ごろのヨーロッパ北方ルネッサンス期のヤン・ファン・エイク(1395頃 -1441)、その後イタリアにボッティチェリ(1445-1510)やミケランジェロ(1475-1564)などの巨匠たちが、カトリック教会の注文のもとに多くの聖画を描きました。

■ヤン・ファン・エイク「ヘントの祭壇画」
ヤン・ファン・エイク「へントの祭壇画」.jpg
■ヘントの祭壇画のマリア
ヤン・ファン・エイク「ヘントの祭壇画」のマリア.jpg

現在バチカンのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの「最後の審判」やミラノの修道院にあるダ・ヴィンチ(1452-1519)の「最後の晩餐」はきわめて有名な聖画で人類の歴史的な遺産です。

■ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
最後の審判.jpg


彫刻では、これもバチカンの中に設置されている「ピエタ像」があります。バチカンの「ピエタ像」はミケランジェロ24歳の時の作品ですが、キリスト教彫刻の最高峰のひとつです。

■ミケランジェロ「ピエタ像」
1ピエタ.jpg


このほかにもヨーロッパ全土で実に夥しい「聖画」が描かれました。


ルネサンス期に入ると、それまでの人間味を排したイコンの絵画に比べて、キリストの苦悩やマリヤの嘆きなど、聖人たちの表情に感情をあらわすようになりました。


マルティン・ルターの宗教改革は16世紀に起こりましたが、これは美術におけるルネサンスがギリシャ・ローマの古典文化への復帰(文芸復興)であるのに対して、宗教改革は「原始キリスト教精神に帰るルネサンス的運動」という位置づけです。

■クラナーハ「マルティン・ルターの肖像」
クラナーハ「マルティン・ルターの肖像」.jpg

ルネサンス運動と宗教改革が起った時期を比べてみても芸術家は宗教家よりも時代の機運を先取りしているといえます。


●天才たちを育んだ教会

当時、聖画の最大の注文主はカトリック教会です。あとはカトリック信徒であるメディチ家などの篤志家たちが自宅に祭壇を設け、そこに「聖画」を飾りました。画家たちは「聖画」や「肖像画」の注文を受けて、そのお金で工房を設け弟子たちを育てました。つまり教会が絵画や彫刻などの芸術を育んだのです。


添付したファン・エイクのヘントの祭壇画の中の聖母マリアを見ると、豪華な宝石で飾られています。聖母マリアの冠には愛を象徴する「薔薇」と純潔の象徴である「白百合」が飾られ、真珠やサファイヤやルビーやエメラルドが極めてリアルに描かれています。
ヤン・ファン・エイク「ヘントの祭壇画」のマリア部分.jpg


2000年まえの聖母マリアはこんな豪華な宝石を着けていたとは思えませんが、この絵が描かれたころの教会はヨーロッパにおける権威そのものであり、宝石に永遠性や高貴さや神の権威という意味を込めて絵の中の聖人たちに身につけさせたのでしょう。


カトリック教会は、宝石で聖職者の祭服や道具、絵画やステンドグラスで教会を飾ってきました。特に絵画は「聖書が読めなくても絵を見ただけで理解できるように」あるいは「それを見た人に霊的な高揚感をもたらすこと」を目的に飾ったものです。


実際に聖書を読むことや説教を聞くよりも絵で見た方が「感じる」ことにおいてははるかに効果は大きいものです。


聖画が偶像崇拝にはならないのだろうかという疑問が浮かびますが、「聖画は神やキリストとそれを見ている人々とを繋ぐ媒介物」と考えたのです。

●近代のキリスト教的絵画

ゴッホは牧師を目指した人です。「神の言葉を種まく人になりたい」という聖書のみ言を動機にして描いた絵がいくつかあります。これを解説すると全体的に長くなりますので次の記事を参考にしてください。

■ミレー「晩鐘」オルセー美術館蔵
15ミレー「晩鐘」 1857-59 オルセー美術館.jpg


●現代の聖画

さて、現代において宗教画(聖画)というものがあるのでしょうか。

今でも仏像が彫られ曼陀羅やイエス・キリストなどの聖人を描く画家がいます。それを宗教画と呼ぶことはできるでしょう。しかしそれは形骸化してしまい、古いものを現代に焼き直しただけのものが多いのです。


もしイエスの磔刑図を見た時、たとえ見る人が異邦人(異教徒)であったとしても、癒しや自分の罪が贖われるような感覚を覚えてこそはじめて、それが本当の聖画といえるのです。


また、作品が宗教的な教理と関係なくても、見る者に感動をもたらし霊性を高めてくれるものならその作品は聖画以上に聖画なのです。

アーティストたちは教理に縛られることはありません。教理は理屈にすぎません。そこに宗教の限界があります。たとえ何かの宗教を信じていようと、芸術において優先されるのは霊的なインスピレーションです。そして愛の衝動です。






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