ベルナール・ビュフェ回顧展「私が生きた時代」

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「ベルナール・ビュフェ回顧展-私が生きた時代」(開催期間2020.11.21~2021.1.24)をみた。


◇ベルナール・ビュフェ「ピエロの顔」1961年作

ピエロの顔1961.jpg


●アート市場を牽引したビュフェ

かつて、1989年ころから日本経済がバブルに沸いた当時、フランスの現代作家であったベルナール・ビュフェは、時代の寵児と言っても過言ではなかった。


彼の絵に人気が集まった理由はさまざまにあるだろうが、まずフランスでも確かな評価を受けていたこと、そして日本の静岡県の三島にベルナール・ビュフェ美術館が1973年には既に創設されていたことが大きい。

垂直と水平の鋭い線描による表現が日本人の感性にマッチした。また、なによりわかりやすい具象絵画であったことが、美術にあまり親しんでこなかった人にも受け入れられて、バブル期に日本での市場を広げて人気作家となったのではないかと思われる。


アート市場は投資家たちも巻き込み、バブル全盛のころにはビュフェの大作は1億円に近いくらいの値段まで上がった。



当時画商の末席を汚していた私は、ビュフェといえば「お金」として見てしまうところあったほどだ。ところが、今回の回顧展を見て、改めてビュフェ作品の芸術的魅力を感じることができた。初期のころの作品に焦点をあてて少し解説してみたい。


●天才ビュッフェ

1948年、ビュフェが20歳のとき、フランスの新人画家の登竜門として権威のある「批評家賞」を受賞した。


1940年代半ばから50年代にかけて、フランスを中心としたヨーロッパ各地では、アンフォルメル運動とともに抽象絵画が広がった。このムーブメントは日本やアジアにも飛び火して、60年代はじめにはそれまで具象絵画を描いていた画家たちもこぞって抽象絵画を試みていった。


そんな中で、ベルナール・ビュフェは一貫して具象絵画の道を歩んだ。


初期の彼の絵に見られるグレーを基調とした色彩は、第二次世界大戦直後のヨーロッパの暗鬱とした雰囲気が反映したものだろうか。その沈んだ灰褐色は、戦争に疲れた人々の心に同調し癒したに違いない。


無表情あるいは悲しみを内に秘めているかのような人物の表情とそのたたずまいは、それぞれ確固たる存在感を放っている。明らかに現代人の無表情とは違う。この時代の人々の様相であると思える。


人は陰鬱な気分のときに、ただ明るいだけの色彩には拒絶反応を示す。むしろ暗くても自分の気持ちに寄り添うものに慰められるのである。


ビュフェ作品は、何よりもその強烈な線が特徴であり魅力だ。垂直と水平の直線で画面に刻み込むように描かれたビュフェの線描は自らの感情を練り込んでいるかのようである。この強烈な黒い線は晩年に至るまでビュフェそのものを象徴している。

また床や背景に傷つけるように交差させた細かな直線もモノトーンの背景とともに相乗的に何かを語りかけてくる。


◇ベルナール・ビュフェ「キリストの十字架降下」1948年作

キリストの十字架からの降架1948.jpg


●ビュフェ20歳前後の作品の魅力

私は、今回の彼の回顧展を見て、改めてビュフェ20歳前後の40年代後半から50年代初めの作品にとてつもなく魅力を感じた。


何よりもその灰褐色の背景の色の美しさに見惚れた。この色彩はおそらくいくつもの色を塗りこんで生まれているのだと思うが、見る者に懐かしさを喚起する色であり、様々な感情を抱擁してくれるような優しい色だ。


その灰褐色の背景に鋭い線描で細長くデフォルメされた人物などの造形が刻まれている。それは、強くはあるが適度に抑制された線描と奥深い色彩が互いに支え合って見事に調和している。70年以降の作品では、線描は闊達と言ってよいほどこなれて迫力も増しているのだが、背景と遊離して浮き立ってしまっているものが多いように私には見える。


批評家賞を受けた48年ころの作品は、造形や線描自体にどことなく稚拙さが漂うが、むしろ素朴な味わいがある。また、空間表現に関しては相当研究しているようで、モノクロームの背景にキュビズム的な空間の演出を施している。


◇ベルナール・ビュフェ「肉やの少年」1948年作

肉屋の少年1948.jpg


例えば「肉屋の少年」に描かれた「台」の形、そして床の垂直と水平の線の交差は、逆遠近に描くことで空間の妙をつくりだしている。

静物画では、同じ灰褐色の背景に、垂直と水平の描線で平面的に構成し、そこに差し込んだ斜めの直線が奥行きと緊張感をもたらす。後のカラフルなリトグラフ作品の花や静物画にも見られるビュフェ独特の構図はこのころに既に築かれていた。


◇ベルナール・ビュフェ「静物」1952年作(回顧展未出品作)

青いバックの静物1952年.jpg


50年代後半から60年代のニューヨークシリーズの風景画では、主に透視法的な遠近法を使いダイナミックな空間を見せており、迷いがなく力強いたくさんの直線の交差が小気味よい。このシリーズはわかりやすさもあってか人気が高い。


今回各年代の作品を順に観てみて、私は40年代後半から50年代初めの作品にあらためて感動した。見方によっては、この時代の純粋な美しさは年代が進むにつれて次第に色褪せているようであるが、作家というものは、常に変化し、時代ごとに新たな美を創造しているものだから、そうした見方はしない方がよいかもしれない。


10代の天才ビュフェは、71歳の生涯を閉じるまで天才なのだ。


●おすすめします

たとえば、キリスト磔刑図を現代人に置き換えて描いた作品の背後には作家の信仰心があるわけだが、ビュフェがどのような少年時代を過ごしたのかを知ることが磔刑図に描かれているものを読み解く鍵になるはず。


また彼が心から愛した女性アナベルの美しい肖像画や彼の自画像だともいわれる「ピエロの顔」など、さらに精神を病んで描いた絵画。


こうした彼の芸術の全貌を知るには、ベルナール・ビュフェという人物の物語を知らなければ本当にはわからない。


今回のビュフェ回顧展は、ビュフェ作品の全てを網羅しているわけではない。しかし、その作品群はしっかりと私に語りかけてくれた。


東京の渋谷でビュフェの魅力をあらためて感じることができたことに私は感謝している。


ビュフェの絵をたくさん見てきたあなたにもきっと新たな発見があるだろう。





◇ベルナール・ビュフェ「キリストの受難」1951年作(未出品)

キリストの受難1951年.jpg


◇ベルナール・ビュフェ「網をつくろう女」1948年作(未出品)

網をつくろう女1948.jpg


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