美術評論「朴芳永」序章

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●文人画とソンビ


朝鮮時代の韓国で在野の学者のことをソンビと言う。ゾンビではない。


ウィキペディアによれば「ソンビとは、学識が優れて礼節があって義理と原則を守って権力と富裕栄華を貪らない高潔な人柄を持った人に対する両班層の理想像を指す用語」とある。


儒教をはじめ政治・宗教・藝術などのあらゆる知識や教養に通じていて、物事の本質を見極める眼いわゆる慧眼の持ち主である。


かつて韓国や中国では「科挙」という国家的規模の試験に受かることで役人に登用された。しかし権力の中で高潔さを保つのは大変なのだろう。ゆえに、高い教養や実力があっても役人として公職につかないソンビがいたと思われる。彼らは在野で弟子をとって教え導いたりして、俗世から離れているイメージがある。


日韓中の東洋三国では「文人画」と呼ばれる絵がある。文人画は「詩」「書」「画」一体となった絵だが、職業画家である専門の絵師だけでなく王侯貴族やこのソンビたちもよく描いた。というよりも文人画はもともと教養人たちの余技である。


日本では、明治・大正期の儒学者でもあった富岡鉄斎が最後の文人画家と言ってもよいだろう。

■富岡鉄斎作品
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文人画をはじめとする古来の絵画が目指したものは、「気韻生動」である。天地に充満する「気」を作品の中に取り込んで響かせることだ。


そうした作品を描くための秘訣は、「万巻の書を読み、万里の路をいく」。それはソンビの生き方でもある。


ソンビは朝鮮時代には数多くいたと思われるが、現代の韓国にはそう呼べる人物はほとんどいない。たいていは大学教授などの名誉を得て俗世にまみれている。


●現代のソンビ、ソク老師


韓国で現代のソンビと呼んでもよさそうな人物にソク・トリュンがいる。彼は常に野に在って晩年は弟子を取り指導していたが、2000年代に入って亡くなっている。


李完用(イー・ワンヨン)という歴史上の人物の名前を聞いたことがあるだろう。日韓併合を韓国側に立って進めた人物だ。韓国では逆賊となる。


ソク・トリュンはこの李完用の庶子である。と、韓国の新聞社の元文化部長から聞いた。逆賊の子ゆえに出自がわからぬように韓国ではソクと名前を名乗っていたようだ。彼は日本に送られ日本の中で教育を受けたが、朝鮮戦争後に帰国したと思われる。


ソク老師は、若い頃、戦後の韓国にまだ美術評論というものが無かった時代に、5つの新聞に5つのペンネームを使って評論文を書いていた。


当時まだ評価されず貧しかった朴壽根(パク・スグン)という画家の絵を将来貴重な絵となると看破し、近しい人間を個展に連れていき買うことをすすめた。そのごとくに、パク・スグンは韓国を代表する画家となり、彼の絵は現在では入手が困難である。

■朴壽根「座っている女人」1950年作 27.8×22cm
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このソク老師は、生前、李重煕教授(画伯)と朴芳永画伯をきわめて高く評価していた。自分の弟子たちに対して、事あるごとにこの2人の名前を出して彼らの作品に学ぶよう語っていた。


ソク老師の弟子に現代韓国水墨画画壇の人気作家がいる。朴大成(パク・テソン)だ。慶州市に彼の絵をコレクションした公立美術館があり、水墨画の大家といってよい。


私はかつて朴大成との交流をもとに、拙著「ゆるしの美学」でも紹介している。彼は幼少の頃に隻腕となってしまうが独学で絵を学び、専門家たちの高い評価を得て人気作家に上り詰めた水墨画の奇才だ。


その彼が自分より2歳年下の李重煕に自分の絵と1点交換してほしいと持ちかけた。尊敬する師匠が褒め讃える作家の作品を研究するためだ。

■朴大成作品2006年作(アトリエにて撮影)
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●天才・李重煕と朴芳永


私は李重煕と朴芳永とは長年付き合いがある。

■李重煕アトリエの中に置かれた作品
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その李重煕画伯が、私をソク・トリュンに会わせたいと言って仁寺洞の喫茶店に呼び出し、私とソク老師を二人きりにしてとんずらしやがった。


「え~!?どこいくんじゃ!」と叫びそうになった。「教養と見識においてかなりの開きがある2人を置いて逃げた」と思い、冷汗がたら~っと流れた。


しかし、私も商売人のギャラリストのはしくれだ。何を言って乗せたかは憶えてないが、ソク老師はビールをちびりちびりやりなら日韓をテーマに気持ちよく歴史の話をしてくれた。


私は「聞き上手」なのである。


ソク老師が逆賊李完用の庶子で日本で学んでいたことはまだ知らずにいた時だったので、彼が日本についてとても詳しいことに驚いた。教養の足らない私の次元まで降りてきて、流暢な日本語で話してくれた。


そのソク老師は李重煕画伯と朴芳永画伯の作品に惚れこんでいた。


芸術家は生まれ持った素質があってこそ、その努力が実るものだ。この2人の画家の天才性は線描に織り込まれた「気」にあらわれているがここでは詳しく論じない。


ソク老師は朴芳永の字(書)を見て「俗気がない」と評している。これは文人たちが目指す境地である。画家や書家ならば修練して身に着けた技術を捨てた向こうにある世界だ。


誰よりも上手く描くことが出来る画家が上手さを見せず、純粋な心が現れた絵。ピカソが「子供のような絵を描くために一生かかってしまった」と語った言葉に重なる。


本題はここからだ。


銀座の画廊で朴芳永画伯の個展を開催した際に私がその評論文を書いた。それを朴芳永がソク老師に見せた。すると老師は、「とてもよくわかっているしよく書けている」と感心して褒めたというのだ。めったに人を褒めない人らしいが。

■朴芳永「大人と虎」136×57.5 韓紙にアクリル・墨
朴芳永「大人と虎」136×57.5.jpg
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なんだ自慢話かと思わば思え!


次回は私の美術評論「朴芳永芸術」の本論を掲載する。ソク老師が褒めたものではなく、朴芳永がドイツに1か月ほど滞在して作品制作するにあたって、ヨーロッパの人が理解しやすいようにという動機で書いたものだ。


朴芳永芸術を理解するための助けになるだろう。











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