美術評論「朴芳永-コリアンプリミティブ」

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●プロローグ―はじまりの美術

約1万8千年前のラスコーやアルタミラの洞窟壁画は、観る者の心に新鮮な感動を呼び起こす。この洞窟壁画は、それを描いた後期旧石器時代のクロマニヨン人たちが高い知性と技術を持っていたことを証明している。それだけでない。芸術というものの本質は何なのかという問いを現代人に突き付けてくる。洞窟の壁に生き生きと描かれた動物たちは、原初のエネルギーに満ちあふれていて、それは我々からさらに1万年後の未来の人々の心をも震わせるに違いない。
「ラスコー展」洞窟壁画に見る芸術の本質

■アルタミラ洞窟壁画
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現代における人類は科学技術technologyを急激に発達させた。しかし遥かに高いテクノロジーを有する未来的存在が我々現代人のテクノロジーを眺めてみたとき、それは現代人から眺めた石器時代に等しく見えるだろう。一方、「芸術」は、かの洞窟壁画の如く、時空を超えて色褪せない。なぜなら芸術は純粋な霊性の発露だからである。芸術は煌く霊性の光のようなものだ。私たちが美術作品から受ける感動は、それを観る人間の霊性と作品に宿された霊性との共鳴によってもたらされる。決して知的な作業が先立つのではない。霊性とは一つには意識の奥で振動する波動―エネルギーのようなものである。

ラスコーやアルタミラの壁画は、それを描くにあたって、芸術によるよろこびと同時に狩猟の成功を祈願する祭祀的な動機があったと想像される。こうした純真な動機で描かれる絵画は、原初的(primitive)かつ巫術(shamanism)的なエネルギーに満ちている。そうした美術こそが、我々の心情の奥底に眠るものを刺激して、大いなるよろこびをもたらしてくれる。さてここでは、芸術作品に宿されたエネルギーという視点から「書」を中心に朴芳永(パク・バンヨン Pak Bangyoung)芸術を見つめて、その神髄を探ってみようと思う。

●コリアンプリミティブ「朝鮮民画」

韓国の朝鮮時代(1392年~1910年)に特異な美術があった。「朝鮮民画」だ。民画は、花鳥・山水・虎などの多様な題材をそれぞれ様式化し、それを飾る人々のリクエストに応じて「辟邪招福(邪悪なものを退け幸運を招き入れる)」の意味を込めて描いた。王侯貴族から庶民に至るまで広く親しまれたこの民画は、宮廷画家やプロの絵師の手になるものもあったが、むしろ放浪画家である素人絵師たちによって量産された。



画法に捕らわれないで自由に描いた素人絵師の民画は、稚拙だが味わいがある。そして観る者の内面に潜んでいる原初の血を沸き立たせてくれそうな巫術的な力がある。造形的には逆遠近や多視点から描いたものもあり、実にユニークで面白い。それは、思考からもたらされるものではなく、人間の意識を超越して突然この世に現れ出たかのように斬新である。

朝鮮民画は、当時、インテリアとしての用途だけではなく、絵に込められた吉祥の意味を享受して幸せになることを願って飾った。たとえば子供に恵まれない家には種の多いザクロの実を描いて飾ったりと。つまり民画を描く方にも注文する方にも吉祥を願う素朴な祈りがあった。それが民画が巫術的なエネルギーを孕んでいる要因であると思う。

■朝鮮民画(素人絵師)
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※上から辟邪(魔除け)の代表格である「虎図」、運勢と家族愛を象徴した「鳳凰図」、「花鳥図」の牡丹と蓮

朝鮮民画(8)「花鳥図ー下手編(わくわくするパボ民画)」

アフリカ彫刻はピカソのキュビズムやブルトンが主唱したシュルレアリスムに影響を及ぼした。同様に民画も現代の韓国の画家たちに造形的な影響を与えた。民画的な造形を自身の作品に借用している画家は多い。ただし朴芳永の場合、借用ではなく、民画に内包された原初的・巫術的な波動が自ずと作品に息づいていると言った方がよい。



朴芳永は、もともと西洋画と東洋の「書」というアカデミックな美術を学んだ。彼の作品はそれらを土台としながらも素人絵師の民画に通じる素朴でプリミティブ(原始的)な味わいをそなえている。その味わいは、民画だけでなく歴史的遺物など韓国でいたることろに見られる民族的な特徴でもある。つまり、朴芳永にはシャーマン的な素養があって、作品をあらわそうとするとき、彼自身の内なる民族の血に動かされるのだ。素朴な線や造形は意識の産物ではなく、無意識の領域から生まれ出るものなのだから。

■済州島の道祖神「トルハルバン」
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■朴芳永の書
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●東洋画の基本「書」

朴芳永は大学では具象の油彩画を描き、大学院では「蘭芝島nanjido」という現代アートのグループを結成しインスタレーション作品に挑んだ。しかし、朴芳永芸術の原点は、彼が幼い頃から天才性を発揮した「書」にある。

中国から韓国そして日本にまで伝わった水墨画などの東洋の伝統絵画は「線」の芸術と言われる。東洋の絵画は柔らかな毛筆と墨を使って紙の上に自在な線を描いてきた。毛筆でひかれた線はそれを操る作家の技術や精神性を如実に反映する。水墨画に魅了されたピカソは東洋の毛筆を用いて描いたというが、おそらく毛筆の自在性を手に入れたかったのだろう。

この毛筆の運筆法の基本は「書」にあり、それは東洋三国のすべての伝統絵画の基本でもある。その線は、ただの平面的な帯ではなく、球体から円筒につながる立体的な要素を持つ。ゆえに東洋画の線描には柔らかくも力強い存在感があり、後述する「気韻生動」を為しうる。朴芳永はそうした書の運筆法をマスターし熟練した上で、その技法に捕らわれず解放的に描いている。


彼が絵を描くときは、大胆な線から繊細な線に至るまで自在にコントロールして描けるが、ミロなどのシュルレアリストたちが目論んだ無意識に導かれたオートマティスム的な線描も彼の作品の中にあらわれる。オートマティスム的な線描は、稚拙な技術で描かれた民画にも見られたが、民画の対極にある正統画の水墨画や文人画が求めた崇高な精神性と無為の境地からも生み出される。「崇高さ」と「純真さ」とは通じ合うところがあるのだろう。

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●「気韻生動」を生み出す朴芳永の線

古来、東洋の正統画である水墨画や書が最も重要視したものは、中国で5世紀に謝嚇が説いた「画の六法」に出てくる「気韻生動」である。極端な言い方をすれば、気韻生動のない水墨画や書はただのきれいな図や記号に過ぎない。「気韻生動」の意味は、作品の中に天地すなわち自然・万物・宇宙のエネルギーが躍動する様とでも言うべきか。

正当画において「気韻生動」の表し方は流派によって違いがあったが、高い精神性と技術は求められた。その対極と言ってもよい民画-素人絵師の手になる稚拙な美術では、精神性や技術に対する意識はないに等しいものの、原初的で土俗的な「気-エネルギー」が確かにある。正当画と民画、この二つの「気-エネルギー」は、見る者の内面の奥底に感動をもたらすという意味では、同質性があるように思えてならない。


朝鮮時代末期の韓国に号を秋史(チュサ)、名を金正喜(キム・ジョンヒ)というソンビの書家がいたが、彼は隷書に近い「秋史体」という独特の書体を完成させ後人に影響を与えた。秋史の字は、毛筆をまるで彫刻刀に持ち換えて書いているかのような線描の力強さと鋭利さがあって見る者に強いインパクトを与える。それはまさに気韻生動する書だ。一方、現代の書家たちから高く評価される朴芳永の書も力強いのだが、鋭利な秋史の書に比べると線も書体も柔らかい。そして、柔らかさの中に限りない包容力がある。

■秋史・金正喜の書
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朴芳永が描く絵の魅力は、彼の書の線に織り込まれて醸し出されているものに違わず、それは見る者の霊性に共鳴してよろこびをもたらす。朴芳永は、気韻生動の源である天地(宇宙)のエネルギーを引き寄せ、自身の内面にひびかせて作品の中に解き放つ。そのとき彼の内面で振動しているのは、民族性に根差した血に潜む原初的で巫術的なエネルギーであり、それらが混然一体となって作品にあらわされ、そこに見る者が共鳴した瞬間に魂を疼かせる振動つまり感動を覚えるのである。
■朴芳永の書
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●パフォーマンス

朴芳永はパフォーマンスの画家でもある。李明博大統領主催のG20レセプション(ソウル)、仁川アートプラットホーム、日本、イタリア、ドイツなど数多くの絵画パフォーマンスを行っている。そこで展開される作家の一挙手一投足に観客の目はくぎ付けになり、徐々に作家のリズムと波動に共感してゆく。その結果として、最後には一枚の絵画がそこに残されることになる。

しかしパフォーマンスはただのショーではない。芸術作品を一つのエネルギー体としてみるならば、パフォーマンスによって描かれた絵画には、まず、作家の心情を軸にしてその地に充満するエネルギーが引き込まれている。さらには、その場に参加した人々の心情的なエネルギーが共鳴して(彼らには自覚はないのだが)それが作品に引っ張り込まれている。すなわち、朴芳永のパフォーマンスによって描かれた絵画はその場に参加している人々との共同制作物なのだ。このように、参加者の共感がダイレクトに作品に反映するという視点は、芸術の新たな可能性を広げてゆくだろう。朴芳永はその先頭に立って美術の未来を切り開いてくれることを期待したい。



■朴芳永アートパフォーマンス動画(ユーチューブ)1分40秒




それでは、ここに朴芳永先生の書を主体にした作品を紹介する。絵画と書を癒合させた画風は朴芳永独特の世界だ。ご堪能あれ。

■朴芳永の書と絵画

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