ゆるしの美学
のっけからよく見た顔が見慣れぬ姿で現れてびっくりされたと思います。
この絵は金敬烈(キム・ギョンヨル)という韓国作家が描いたブレイクダンスシリーズの一作です。
●ゆるし
私は2004年に数年前に「ゆるしの美学(現代韓国画壇21人の軌跡)」という本を執筆しました。
いまや物故となってしまった作家もいますが、巨匠から上記の金敬烈のような中堅に至るまで、韓国画壇の具象系を中心とした21人をこの本で紹介しました。
その多くは有名な作家たちです。
そしてタイトルが「ゆるしの美学」。
第一章では、小生の「韓国体験」「韓国と日本の違い」「韓国美術論」といった内容、第二章で21人の作家のエピソードを紹介しています。
「美学」と言っても哲学を語ろうとしたものではなく、作家の生き様を紹介した本です。
作家の生き様を通して韓民族の根底に流れる「ゆるし」を書いたつもりです。
平山郁夫・金興洙二人展回想ーKIM SOU死去
●工芸美に宿るゆるし
韓国の美術工芸品には、日本のそれと比べて、どこか自然なゆがみがあります。
日帝と称された時代に活躍した哲学者である柳宗悦やその柳に朝鮮の工芸美を伝えた浅川伯教・巧の兄弟は、朝鮮の美術工芸品をこよなく愛したのですが、彼らはいわゆる慧眼の持ち主でした。朝鮮民画(1)「柳宗悦と民画」
朝鮮の民画や陶磁器や木器に美学的な価値を見出して、それを日本に紹介し、この単なる生活雑器をもって民芸運動にまで発展させました。
彼らが愛した朝鮮の工芸品を見れば、無作為で自然に備わったゆがみが、見る者の心の内にどことなく「ゆるし」をもたらしてくれます。
私は、日本人が韓国の骨董を好むのは、それらが日本人の厳格な美意識に対して、あたたかなそよ風を吹き込んでくれるからではないかと思うのです。
さて、今日の本題はこの「ゆるし」の本質についてです。
●「ゆるし」の漢字
本のタイトルを付けるに当たって、「ゆるし」という文字を漢字で「許し」や「赦し」と書いてもピンときませんでした。
ピンとこないというよりも、「その漢字ではない」ことだけは確かだと思い、不勉強な私はそれ以外に「ゆるし」に相当する漢字がないのだと思いこみ、ひらかなの「ゆるし」を本のタイトルに使いました。
本を出版した後も、しばらくの間は「ゆるし」に相当する漢字が他にあるとはわかりませんでした。
ところがひょんなきっかけから漢字がわかったのです。
それは、当時韓国の美術雑誌にアートコリアという月刊誌があり、そこの社長(編集長)が、私の本の中の『韓国の美術』という部分を自分の雑誌に載せたいと言って許諾を求めてきました。
社長とは知った仲でしたので、二つ返事でOK。
出来上がった雑誌を見ると、私の顔写真入りで記事が紹介されています。
ほとんどはハングルに訳されていますが、タイトルだけは漢字でした。
そこにはこう出ていました。
『容恕の美学』
韓国語の発音では「ヨンソ の(ウィ) ミハク」と読み、「ヨンソ」は「ゆるし」を意味します。
この漢字で書かれた「容恕」は私にとっては初めて触れる文字でした。
●「ゆるし」の本質
「容恕」の『恕(じょ)』という文字をさっそく辞書(漢字源)で調べました。
するとこう出ていました。
{動・名}自分を思うのと同じように相手を思いやる。思いやり。「其恕乎、己所不欲勿施於人=ソレ恕カ、己ノ欲セザルトコロハ、人ニ施スコトナカレ」〔論語〕
{動}ゆるす。自分に引き比べてみて、他人を寛大に扱う。また、同情して相手をとがめずにおく。「寛恕カンジョ」「宥恕ユウジョ」
《解字》
会意兼形声。如は、汝ジョ(自分とペアをなす相手)と同系のことば。自分と同じような対者という意味を含む。恕は「心+音符如ジョ」で、相手を自分と同じように見る心のこと。
太字下線の部分が重要です。
「許し」や「赦し」は、許諾するあるいは恩赦を与えるなど、相手をどこか上から下に見ている感じがします。
上記二つの漢字には、ゆるす側とゆるされる側という明確な隔たりがあります。
しかし、この恕、すなわち「恕し」は相手と自分は同じであると見ています。
つまり真に相手をゆるすということは、たとえば相手に咎があった場合、それはまた自分にも同じようにその咎やあるいはその原因が潜んでいると自覚することを意味します。
ゆえに、相手を責めることはできない。相手を責めることは自分を責めることと同じなのです。
逆に、相手を思いやり憐れむことは自分をも憐れむことであり、結局ゆるしは自分をゆることにつながります。
「恕し」は、その漢字一つで、私たちは皆お互いにつながっていることを教えているのです。
私は「ゆるしの美学」などというタイトルの本を書いておきながら、恥ずかしくも「ゆるし」の本質を明確に知らなかったわけです。
いつか「絵画とゆるし」をこのブログに掲載したいと思っています。
キリスト磔刑図・私の十字架
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