NHK日曜美術館・野田弘志「存在の本質を描く」

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※今回は日曜美術館の「野田弘志」を見て、私が野田弘志にささげるオマージュです。

野田弘志は、山や木や雲や空などの物質や空間、そして生きた人間や死体や死んだ魚や枯れ果てた骨までをも鉛筆や油絵の具で画布に描くことで、「存在」を浮き彫りにしていきます。

「存在」とは、その本質は「生命」であり「霊」であります。

彼の写実は、「物」を内的な視点で凝視し続けることと弛まぬ手の修練を為すことによって織り成した「物の奥にある存在の本質」の描写です。

すでに朽ち果てようとしているものを描くときにも、「存在」を支える生命の痕跡を見せてくれます。

いつしか跡形もなく朽ち果てるであろう物だとしても、その存在は永遠であることを見せてくれているのです。


人は、実際の「物」よりも、絵に描かれた「物」からより生命力を感じます。

なぜならば、芸術作品としての絵画には、「物」に潜んだ「生命の神秘」があばかれているからです。


野田弘志の写実を追究する姿勢は、生半可な批評を弾き飛ばす力に満ちています。その姿勢、つまり生きざまが作品の陰にあって見るものを圧倒するのです。

彼の写実は愚鈍なまでの写実です。

しかしそれにしてもこれほど厳格さを漂わせる写実は、西洋にもあるいは中国にもあまり見ないように思います。

野田弘志は、西洋画が日本に入ってきた近代以降、いや、水墨画も含めて日本の先人たちが求めたリアリズム絵画における一つの頂点に立とうとしているのです。


理性的な日本人に対して、お隣の国・韓国は感性に従って生きる人が多いというのが両国民に対する私の実感で、それは美術表現にも反映されています。

野田の絵からは研ぎ澄まされた理性を感じます。

野田弘志の対極にあるのが、韓国の現代アートの作家たち、たとえば東洋思想を根底において描く徐世鈺)ソ・セオク)であり、東洋的な抽象といってもよい河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)ではないでしょうか。かれらの作品は抽象的であるということもそうですが、野田の理性に対して直感的な感性を強く感じさせます。

ただ、対極にありながら本質を見つめようとする姿勢は同じなのです。


■野田弘志「緑壺に牡丹」ホキ美術館蔵
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■野田弘志「アナスタシア」ホキ美術館蔵
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ホキ美術館

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