ジョルジュ・ルオー「受難の道にさす光」日曜美術館

エコール・ド・パリの巨匠、ジョルジュ・ルオー(1871~1958)は野獣派(フォービズム)の画家といわれるがそうではない。美術史家たちはすぐ分類したがる。しかし、ルオーはルオーだ。

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「芸術と宗教」スピリチュアルなアート

キリスト磔刑図・私の十字架

ルオーが描いたモチーフで有名なのは、イエス・キリスト。そしてサーカスの道化師である。

キリストの聖顔はいくつも描いてルオーの代表作の一つとなっている。

日曜美術館で芥川賞作家の鹿島田真希の聖顔に対するコメントが面白い。

「聖顔はシンプルだけど難しい。小説でいえば日常を書いて世界を描くようなもの」
なるほど。戦争や劇的で数奇な話はそれだけで面白いし一つの世界観を見せるに容易い。


聖顔に限らず、人物を真正面からとらえた絵画は少なからず見る者の心を映す。ルオーはイエス・キリストという世界中の人々がそれと認識する聖人の顔を真正面から描いた。描かれた聖顔、それを見る者の内面に従っていくつものメッセージが生まれる。ルオーは、それら全てのメッセージを束ねて超越した真実を提示しようとした。キリストが残した逸話やカトリックの教義の内にとどまるならば、それはもはや芸術なんかではない。より深淵で覚醒された世界観。ルオーはキリストの聖顔を描こうとしたとき、自分自身の内面を極限まで凝視するしかなかったはずだ。

絵画の見方(4)「心に映るものを見る」

鹿島田真希はルオーの作品「傷ついた道化師」はルオーの原点だと言った。

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道化師はまさにイエス・キリストの生き様である。

棘の冠をつけたキリスト。
「この不幸には意味があるんだよ」
「この苦難は長続きしないさ」
そして「全てはやがて祝福される」

イエスは自らの生きざまを通して多くのことを教えた。悟れば人生を輝かせる珠玉のみ言。同じもの(言葉)なのに豚に与えた真珠にもなる。イエスに限らずブッダや老子など多くの聖人が人類を霊的に導いた。しかし、2000年あまりの時を経て現代の人類を遠くから眺めてみれば、私たちは未だに豚に等しいのかもしれない。

「キリストに起こることは私にもあなたにも起こる」

いや、キリストに起こっていることはすべての人の人生に既に起こっているのだと思う。ただどんな視点でそれを見ているかの違いにすぎない。キリスト磔刑図・私の十字架

今の苦難はあすの希望とよろこびを際立たせる。朝が来ない夜はない。苦難の真っただ中にあって希望を見ている人間。

視点さえ変えれば誰もがキリストになれる。

ルオー「私たちは誰もが多かれ少なかれ道化師なのです」

・・・「私たちは誰もが多かれ少なかれキリストなのです」



絵画の見方(4)「心に映るものを見る」

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「芸術と宗教」スピリチュアルなアート
フィンセント・ファン・ゴッホ「種をまく人」

二人の神1
二人の神2(東日本大震災と世界)


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