山種美術館「生誕100年高山辰雄・奥田元宋―文展から日展へ―」

日本画のコレクションで有名な山種美術館で1月27日まで開催されている生誕100年高山辰雄・奥田元宋―文展から日展へ―を見てきました。

先回のブログ記事、高山辰雄「いのちに触れた筆」画家の箴言(7)の内容に基づいて実物を確認したいという思いがありました。

●高山辰雄
高山辰雄のモノクロームで描かれた日本画の「聖家族」シリーズは、1993年ころに制作されており、木炭のように見える黒い絵の具は、群緑絵の具を焼いて作った「黒群緑」というものを使っているそうです。

■高山辰雄「聖家族」
画像


上記の「聖家族」の画像は黒と白だけですが、それは制作当初の色であって、現在は人物の服の部分だけが白く、他の部分は薄褐色に経年変化しています。これは完成させた当初に作家自身の手で辰砂を透明なくらいに薄くしたものを塗っていることから起こっているもので、高山辰雄は後年褐色に変化してゆくことを予測していたとのことです。

尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」の川の部分も描いた当初は銀と黒でした。それが経年変化で銀の部分が褐色にしています。(説明の記事尾形光琳「紅白梅図屏風」-銀箔・月光・暗香


また、かつて梅原龍三郎もチューブから出したばかりの原色の油絵具で描き「50年後に色がよくなる」と話したという逸話があります。

このように後年の色の変化を見込んで「聖家族」を描いたとすればどんな意図があったのかと探りたくなります。でもそれほど大それた意味づけが背景にあったわけでは無いように思います。

白黒のままと褐色が入ったもの、「どちらがいいか」という好みは別として、時が経つにつれて人物の服の白が際立ってくることでその存在は強調されてゆきます。今後褐色と白のコントラストがどれだけ強まってゆくのかはわかりませんが、時間が絵の表情を変えることの面白さがあると思います。10年後にまた見てみたい気持ちになりました。

さて、先回の記事に書いた高山辰雄の絵の見方は、私にとっては納得のいくものでした。あくまで私の主観的見方ですが、ヒントを与えてくれたNHK新日曜美術館に感謝します。高山辰雄「いのちに触れた筆」

●奥田元宋
奥田元宋は、美術館に掲示されていた彼の言葉を見ると、「写形」と「写意」のバランスを意識して、その時々に「写形」に振れたり「写意」的な絵になったりという意識で描いているようです。

しかし、高山辰雄に比べて、対象を描写する写実的な要素が強い作家だと思います。奥田元宋の「赤い色」には「意」を感じますが、基本的な姿勢としては、自然そのものの美しさに感動し、その感動をもとにして、かの印象派の画家たちのように対象風景の超越的な美を忠実にうつしだそうとする気概を感じます。

現場によくスケッチに出かける姿勢も、印象派に通じる世界があります。

■奥田元宋「奥入瀬(秋)」1983年
画像

■奥田元宋
画像


高山辰雄と奥田元宋、ともに生誕100年を迎えますがともに現代日本画の画壇を牽引してきた巨匠です。


竹内栖鳳展「近代日本画の巨人」(栖鳳と大観)

平山郁夫・金興洙二人展回想ーKIM SOU死去



よろしければポチっと⇒人気ブログランキングへ
オマケにもひとつ⇒にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑
賞・評論へ
にほんブログ村
ついでにクリック⇒ブログ王

「わくわくアート情報/絵画の見方・買い方」
ブログトップページへ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 5

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック