水の結晶と絵画(美の波動)

●水の結晶の実験

私がたまに行うアートサロン(セミナー)は、パワーポイントを使って写真を見せながら話します。その中に「水の結晶」を扱った話があります。


それは水を凍らせるときにできる「水の結晶」を顕微鏡で観察したもので。言葉に固有のエネルギー(波動)があることを証明しようとするものです。本で見られた方も多いでしょう。


水を凍らせる際に「ありがとう」「ばかやろう」「愛」「悪魔」などの言葉が書かれた紙を下に敷いて結晶が作られる瞬間を写真に撮影します。


量子物理学では「観察者の意識が実験結果に影響する」という常識がありますので、写真を撮る人には何を書いているかわからないようにします。


結果として出来た写真を見ると、「ありがとう」などのポジティブな言葉を敷いたものは美しい結晶を作り、逆に「ばかやろう」などのネガティブな言葉は結晶が崩れています。


このことから「美しいものにはポジティブな波動がある」と考えることができます。


◆「ありがとう」を置いた水の結晶

画像

◆「中国語謝謝」

画像

※江本勝著「水は答えを知っている」から


●ご飯粒の実験

その内容を知ったある小学校の先生が子供たちに次のような実験をさせました。それは冷蔵庫の中にご飯粒を二つの塊に分けて入れて、毎日声をかけるというものです。


一つには「ありがとう」、もう一つには「ばかやろう」という言葉です。


すると、「ありがとう」の方は発酵していい香りがしてきました。「ばかやろう」は黒ずんで腐ってしまいました。


この先生は、さらにもう一つのご飯粒の塊を作りました。それは、意識的に無視した塊です。すると、この塊は「ばかやろう」よりも先に腐っていったそうです。


子供たちの教育のための意図的な匂いがしないわけではありませんが、興味深い話です。


●いじめ

学校のいじめで最も陰湿なものが「無視」することです。


挨拶しても相手から無視されると人間は心が痛みます。無視してくる相手が一人ならば忍耐もできるでしょうが、集団でそれをやられたらおそらく精神を病んでいくでしょう。


それほど「無視」はネガティブなエネルギーです。


その対極として、「関心を持つ」「褒める」という行為はポジティブなエネルギーを与えることで、子供の教育にはとても重要なようです。

◆水の結晶「よくできたね」

画像


過度な期待や偏見で人を見ると不足な部分だけが目につきます。一方、人の良い面を見ようとすることは、ポジティブな視点に立つので見ようとする人にもよいエネルギーをもたらしてくれるのではないかと思います。


●絵画のエネルギー

芸術作品としての絵画鑑賞は、基本的には言葉などの知的な作業ではなく、より感覚的なものです。

「考えるな。感じろ。」(ブルース・リー)


「だから」と言うと語弊があるかもしれませんが一般的には女性の方が素直に絵を楽しめているようです。


「美」は「愛」であると民芸運動の創始者柳宗悦は言いましたが、美も愛も同質な情的なエネルギーです。


絵画の創作においても鑑賞においても、「美」を享受するためには、「愛」というエネルギーを発動させなければなりません。愛する目で見ると痘痕(アバタ)も笑窪(エクボ)に見えるのです。


しかし、愛そうと気張らなくても、自然に「愛」が発動するときがあります。それは相対基準の合う絵画に出会ったときです。


まず「関心を持ってみる」ことです。それだけで愛が発動します。


相対基準が合うとは「色や形が好きだ」ということもそうですが、もっと内的には霊的な波動が合うということです。


人間にも固有の霊性があるように芸術作品にも霊性が宿ります。人間の霊性はその人が本来持っている魂の波動であったり、これまで転生してきた人生の中で次第に築かれていったものです。



絵画の「美」は、相対基準さえ合えば、自ずと鑑賞者の「愛」を啓発します。そして理屈を超えてその絵をよいと感じさせるのです。


すると、鑑賞者の中で喚起された「愛」というポジティブなエネルギーは、絵画の「美」との情的なやり取りの中で増幅し、ネガティブな情を相殺してリセットし、崩れた精神のバランスを取り戻させるのです。


まるで「ありがとう」のポジティブな言葉から生まれた美しい水の結晶を自分の精神に結ぶように・・・


心療内科や精神科の治療に絵画が使われて効果を発揮している事実がありますが、一つにはこうしたメカニズムがあるからだと私は思っています。


●美の奥にあるもの

精神や肉体を健全に保つために最も有効な手段は、瞑想やヨガなどによって常に自身の霊性を高く保つことです。しかしそれには訓練を要しますし簡単ではありません。


精神をクリアにするためには、実は「美しい芸術作品を見ること」もその方法の一つなのです。あれこれ考えずに絵の中に自分の美しい内面を感じようとただ見つめていることをお勧めします。



偉大な芸術家は、自然の中に凡人には見つけられない「美」を発見し、その感動から作品をあらわそうとしますが、さらに自然の奥にある偉大な何かをつかみ取ろうとしています。無意識に。


芸術作品としての絵画は、それを描くことも観ることも私たち一人一人の内面に輝く光を求める祈りに等しいのです。


画像





よろしければポチっと⇒<a



width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ">

オマケにもひとつ⇒<img




ついでにクリック⇒ブログ王



ブログトップページへ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック